第21話 テンプラソード
「…というのが、レオンとの馴れ初めだ」
フェルナールはカップを置いた。
フェルナールが支配するダンジョンの一室。レオンハルトたちは各々椅子に腰かけて、テーブルに乗せられた飲食物をたしなみながら、フェルナールの話に耳を傾けていた。
メイレンさんのたっての願いを受けてフェルナールは、魔術を用いてアンデッド化する前の姿になっている。レオンハルトからは未だにあほう呼ばわりされているが、さすがは世界に名だたる大魔導。アンデッド化した精神体と相容れない肉体を再現して精神と融合させるためには、膨大な魔力を常に流し続けなければならないのだが、無理を垣間見せることなく平然としている。アンデッド化する前の姿を見ることができた喜びとともに、こんな離れ業を見せるフェルナールに驚嘆するメイレンさんだった。
「では、ランスロット卿のお母さんって、やっぱりイェルマ様なのですね」
「そうだよ。いつだったか忘れたけど、姉さんとレオンが赤ん坊だったクルトを連れて、ここに来たことがあるよ」
「そうだったのですか。知りませんでした」
コンラートは、不審な目で父を見据えた。
「何で僕に教えて下さらなかったのですか。お父様が神官戦士だったなんて、今初めて聞きました」
「い、いや、まあ、その、何だ。私の過去なんか全くもってたいしたことではないし、もし話をしてしまったら、僧籍を離れた理由まで話さないといけなくなるじゃないか」
うろたえるレオンハルト。何となく事情を察したイーリスが口をはさんだ。
「聖職者は、特定個人と親密な関係を持つと神通力を失う、とか聞いたことがあるけど」
「う、」
レオンハルトが口ごもり、しばし沈黙が流れた。
「…あの時のあいつは、弟のフェルがあんなことになって、すごく落ち込んでいたんだ。そんなあいつを放っておけなくて、どういうわけか、とてもいとおしく思ってしまって。それまでは、旅の仲間だとしか思っていなかったのに…」
俯きながらぼそぼそとレオンハルトは弁明した。そんなレオンハルトをイーリスが呆れた表情で眺め、グラクスは同情するかのようにコンラートの肩を軽くたたいた。
「ランスロット卿が生まれる前ということは、その頃まだ二十歳そこそこだったのじゃろ。その若さで司教とは、すごいではないか。さすがはランスロット卿の父親というところかの」
「まあ、神通力という素養だけで得た立場だったからな。地道に積み重ねて築いた地位ではなかったから、失うのも簡単だったよ」
レオンハルトは顔を上げた。
「だが、ちゃんと式も挙げたし、大聖堂の紹介で騎士団に就職できたし、大事な息子をちゃんと育てることもできたし、何も後ろめたいことはない」
「でも、僕のせいで、お父様は、地位と名声を失ったんですよね…」
俯きながら小さな声でつぶやくコンラート。その姿を見たレオンハルトは慌てた。
「聖職者として得た地位や名声なんかに未練はない。お前と出会えた代価が私の神通力だとしたら、そんなの安いものさ。悪いのは、お前をそんな思いにした…」
「悪いのは拙僧でございます。申し訳ございません!」
誰かが声を上げた。どこかで聞いたことのある声だ。言葉をさえぎられたレオンハルトは辺りを見渡した。ざっと見渡すが、該当する人物は見当たらない。それよりも、皆の視線の先が気になった。自分の方を見ているようだが、若干ずれているような気がする。それも奇異なものを見ているような目で。おもむろにレオンハルトは後ろを向いた。すると、そこには、いつも間にか、ある人物が立っていた。ボロボロの法衣をまとった血色の悪い初老の男が、そこに立っていた。
「…あんた、誰?」
「オードでございます、レオンハルト猊下。お初にお目にかかります。穢れた我が身を猊下の御前に晒すことを憚ってきておりましたので、これまで姿を現すことを差し控えておりました。無礼を深くお詫び申し上げます」
「???」
混乱するレオンハルト。何を尋ねればいいのかすら思い浮かばないレオンハルトに代わって発言したのは、フェルナールだった。
「お前。お前、本当にオードなのか?何で人の姿を取り戻している。何でそんなみずぼらしい姿をしている?」
「お久しぶりですな、フェル殿。お元気そうで」
「挨拶なんか、どうでもいい。だいたい、主人に向かって『殿』とは何だ。『様』だろうが」
こう言って睨みつけてくるフェルナールに、初老の男は涼しげな視線を向けた。
「そういう時期もありましたな。ですが、これまでずっと賜ってきた猊下のご威光のおかげで、あなたとの関係は断ち切られております。今の今まで拙僧の存在に気づかれていなかったのが、断ち切られている証拠ではございませんか」
「う、うそだ。お前がオードのはずがない。オードだったら、あふれんばかりの魔導力が発せられているはず。微弱とはいえ神通力なんかが発せられるはずがない。偽物がオードを名乗るなんて…」
「ちょっと待て。あふれんばかりの魔導力って、どういうことだ?」
フェルナールの言葉をレオンハルトはさえぎって、フェルナールを睨みつけた。
「フェル、お前、やはり私に何か隠し事をしているな。正直にしゃべったらどうだ」
「う、い、いや、ちょっとした言葉のあやというか…」
「ごまかしは効かんぞ。正直に言わないと、ついうっかり『聖牢』唱えちゃうかも」
「うげ、そ、それは困る。だが、本当のことを話そうにも…」
レオンハルトの迫力に防戦一方のフェルナール。かつての主人のあまりにみっともない姿に、初老の男はため息をついた。
「やれやれ。お坊ちゃんは隠し事が下手だな。恥をさらすことにもなるので話したくなかったのですが、拙僧の方から事情をご説明致します」
「せ、説明なんて必要ない。そんなことしたら僕は…」
フェルナールがあわてて初老の男の言葉をさえぎろうとする。その様子を冷淡に見つめたレオンハルトは、フェルナールに近づくとポーチから粘着テープを取り出して、フェルナールの口と両手を塞いだ。
「もうお前は黙っていろ。それでは、オードとか言ったか。話をしてもらえないだろうか」
「かしこまりました、猊下。拙僧の名はオードと申しますが、長い間、聖勲十六士の神通力によって全ての力を封じられて、姿も剣にされてしまっておりました」
「ちょ、ちょっと待て。聖勲十六士?それって、千年前に起きた魔大戦の英雄たちでは」
レオンハルトと仲間たちは驚愕する。
聖勲十六士。おとぎ話にもなっている、かつてこの世界にいた英雄たち。
古代魔術帝国を滅ぼして秩序を破壊、世界中を力が正義の暴力の世界に陥れた魔族の国ザゴスギアール帝国に反旗を翻し、魔大戦を制して再び世界に秩序を取り戻した。伝説の聖騎士ランスロットも聖勲十六士の一人だ。
驚愕するレオンハルトをよそに、オードと名乗った初老の男は話し続けた。
「左様でございます猊下。今となったらまことに恥ずかしいのですが、力が正義のザゴスギアールにおいて拙僧は、あの頃やりたい放題の限りを尽くしておりました。すべての力を封じられてしまったのも、神が与えた罰だったのだと思います」
「は?ザゴスギアール?ザゴスギアールって、あの魔族のザゴスギアール帝国のことか?」
「左様です」
「確か、ザゴスギアール五災将のうちの一人に、『厄災の邪将オード公爵』がいたって聞いたことがあるが」
「おそらく拙僧のことを指しているのだと思います。やりたい放題の限りを尽くしたとはいえ、『厄災』なんて言われ方をされることには、未だに納得できませんが」
「えええええっっっ!」
場がざわついた。厄災の邪将オードは魔王を補佐する五災将の一人としておとぎ話にも出てくる人物だ。伝説を目の前にすれば仕方のないことだろう。
ざわつく場のことなど気にもかけず、オードと名乗った初老の男は話を続けた。
「剣に姿を変えられた拙僧は、流れに流れてフェル殿のもとにたどり着き、フェル殿から『あの小生意気な生臭坊主を堕落させろ』と命じられ、分不相応にも猊下を堕落させようとしました。ですが却って、猊下の偉大なる神通力を十年以上もずっと浴び続けることになってしまいました。拙僧の拙い魔導力は徐々に洗い流され、猊下のご威光の賜により、今ではかすかながらも神通力を顕在させることもできるようになりました。猊下は神通力を失ったわけではありません。猊下がお持ちの神通力全てを拙僧に振り向け続けていたからでございます。申し訳ございません。そして、ありがとうございました」
初老の男はレオンハルトに深々と頭を下げた。
その姿を目の当たりにして、レオンハルトは啞然、呆然、愕然してしまい、そして自然と疑問が沸き起こった。
「…だが、あなたに神通力を振り向けた気が全くしなかったのだが」
「それは当然です。気にかけなければ自分の心臓の動きが分からないのと同じです」
「まあ、子を持ったことで神通力を失ったものと思っていたから、自分の中にある神通力に気をかけなくなっていたからなあ。言われてみると、今はそこそこの神通力を取り戻している気がする」
「2~3年位前に魔導力を完全に失い神通力を手に入れましたから、その頃くらいから猊下に神通力がたまり始めたと思います」
「そうか。だが、それはそうと私のことを『猊下』と呼ぶのは止めてくれないかな。そんなすごい人間ではないよ、私は」
「何をおっしゃいますか」
オードは真摯な目でレオンハルトを見据える。
「聖勲十六士ですら、拙僧を導くことができず封印することしかできませんでした。こうして拙僧が人の姿を取り戻すことができたのは、猊下のお導きによって魔導力を失い、神通力を手に入れたからです。拙僧にとって猊下こそが真の教皇。改めるつもりは全くありません」
「………」
当惑したレオンハルトは周りを見渡す。尊敬の目を向けるコンラート以外の仲間は皆、レオンハルトを残念な人のように見ている。やっぱりそうだよなとレオンハルトは慨嘆した。
「でもねえ、敬称で呼ばれると聖職者としての私しか見てくれていないように思ってしまうから、せめて名前で呼んでもらえないかな」
「そ、それは失礼致しました。では、レオン様」
「…ま、そのあたりが妥当か」
レオンハルトは一転、視線をフェルナールに向けた。
「なるほどなあ。再会しての第一声が『待ちわびた』だったのは、私がお前の軍門に落ちたと思ったからだったのだな。私を操ろうとしていたとは、とんだどあほうだな」
「(モガモガモガ…)」
口を粘着テープで塞がれているフェルナールは涙目になっている。フェルナールの傍にいるツェーは、再び骨格標本のように動きを止めてしまった。
「上位神聖魔法の中でも使う神通力が少なくて済む『聖牢』くらいなら、今の私でも使えそうだ。不死者が永久に聖光を浴び続けるのって、どんな気分なのだろうな」
「(モギャーモギャーモギャアアアアアッッ!!)」
首を全力で左右に振るフェルナールは、大粒の涙を流して拒絶する。そんなフェルナールを、メイレンさんはとても残念なもののように見ていたのだが、おもむろにレオンハルトの服の裾を引っ張った。
「フェルナール様がこんなに残念な人だったとは、つゆにも思っていませんでしたけど、それでもやっぱり私たちの大切な公子様なのです。許してやってくれませんか」
「…メイレンさんも妻と同じことを言うんだね」
レオンハルトはニカッと笑った。
つづく
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