第22話 何やってんだよ!
レオンハルトたちは再びシサクの村を訪れていた。
剣の姿に戻ったオードの転移魔法で戻ってきたのだが、人数は一人増えている。
「…これは」
新たに加わったフェルナールが、石化された村人たちを見て回る。人の姿のままでいるので、不死者でありながら太陽の下でも問題なく活動できる。これもまた、フェルナールが大魔導である
まもなく太陽が一番空高い場所に来る時間だ。薄雲がちらほら浮かんでいるが、おだやかな風が頬をかすめるくらいで、心地よい。ところがフェルナールは、今の天候とは真逆の苦々しい表情を浮かべていた。
「随分とやっかいなことをしてくれているなあ。僕が来ることを見込んでやっているみたいだ」
「どういうことだ?」
フェルナールの独白にレオンハルトは問いかけた。いったんレオンハルトに向けた視線を、フェルナールはメイレンさんに移した。
「魔術師メイレンよ。この石像にどれだけの魔術が施されているか、分かるかい」
「えっ、ええと、種族特定、位置空間把握、石化ですよね」
「うん。五分の三が正解。あともう二つあるよ」
「えっ。あと二つって?」
「それはね、特定者が石像を調べ始めたら、その人物を中心に半径1kmを核爆裂させる魔術」
ガチャンという金属音が周辺に響き渡り、同時に絶望的で強烈な閃光と熱波が、皆に襲い掛かってきた……
寸前で止まり、不気味な光は消え失せた。
「やっぱりなあ。次元断絶で時を戻さなければ、超高熱で僕ら死体も残らないところだったよ」
「な、なによそれ…」
話が異次元すぎて、ついていけないイーリスが、感情をこぼす。
古代語魔術に造詣のあるメイレンさんでさえ、思いはイーリスと同様だった。次元断絶なんて、何のことだかサッパリ分からない。そのことを聞いてもきっと理解できないから、彼女は別のことを口にした。
「白魔法の条件認識と古代語魔術の核爆裂塵芥地獄が組み込まれていたのですね。全く気づきませんでした」
「条件認識魔法は余程注意していないと見落としがちになるからね。対象者の魔力を察知して作動する受け身型の魔法だから、魔法自体が魔力を発しているわけではない。だから、気づきにくい。しかし、このおかげで悪さをした犯人が分かったよ」
「で、誰なのだ?こんなことをしでかした奴は?」
気恥ずかしく反省の弁をこぼしたメイレンさんへフォローを入れたフェルナールに、レオンハルトが問いかけた。フェルナールは、左頬を人差し指で搔きながらため息をついた。
「…ギルモアって、知ってるかい?」
「ギルモアって、『万象』の大魔導ギルモアのことですか?」
メイレンさんは目を見張った。
この世界には大魔導と呼ばれる強力な魔導士がいるが、魔導士や大魔導に対する明確な定義はなく、人や場所によってそう呼ばれたり呼ばれなかったりする。ただ、世界中の誰もが大魔導と認める魔導士が三人だけいる。そのうちの二人がフェルとギルモアだ。
問いかけられたフェルナールは、メイレンさんの反応に対して不満そうにつぶやいた。
「そうなんだけど、あんなイカれた奴が僕と並んで大魔導だなんて、気に入らないなあ」
「お前だって、十分イカれているじゃないか」
不満を垂れ流すフェルナールに、レオンハルトが突っ込みを入れた。
口を尖らせたフェルナールが、上目遣いでレオンハルトを睨む。
「あんな実験バカと僕を、一緒にしないでほしいね。僕は実験で国を亡ぼしたりしないよ」
大魔導と呼ばれる魔導士に共通しているのは、滅多に人前に出てこないが、どこかで超常現象を見せつけたことがあるということだ。
フェルの場合は、たまたまダイローム地方へ来た何人かの冒険者だか旅行者だかが、バンパイアロードとか屍竜とか大勢の世にも恐ろしい不死者軍団を引き連れた魔導士と夜中にバッタリと出くわしてしまい、
ギルモアの場合は、そんな生易しいものではない。とある国の王都に、ある日なんの前触れもなく現れたかと思うと、突然ある魔法を使って文字通りその王都を
「あのバカ、古代語魔術『核爆裂塵芥地獄』の理論が完成したから、あそこで実験をしたらしい。ただ理論の実証をしたいだけなら、無人の荒野でやればいいのに、威力がどれくらいあるのか知りたいからっていう、ただそれだけの理由で、わざわざ人が大勢住んでいるところで実験しやがったんだよ。今僕が住んでいる遺跡を譲ってくれていたら、こんなことにはならなかったのに、とか言って僕のせいにして。とんでもないクズだよ」
「ほほう。その口ぶりからすると、ギルモアってやつのこと、お前は知っているのか?」
レオンハルトの問いかけに対して、フェルナールは苦々しい表情を浮かべた。
「4~5年くらい前かな。いきなり僕のダンジョンに攻撃を仕掛けてきてね。もちろん返り討ちにしてあげたんだけど、あれからずっと僕のことをつけ狙っているんだ。どうやら僕のダンジョンと、あそこにある古代魔術帝国の魔装兵器が欲しいらしいんだけど、もちろん差し上げる気なんか更々ない。うっとうしいったら、ありゃしない」
「そんな奴が、なぜこんな辺鄙なところで、こんなことをしでかしたんだ?」
「そんなの知らないよ。あのバカ、興味が湧くと、とことん調べ尽くして解明しないと気が済まないから、『万象』の大魔導とか言われているんだよ。きっと、ここの何かに興味を持ったんだろうね」
むっとした表情を浮かべてフェルナールはつぶやく。そこに、恐る恐るの体で鍛冶屋のブロンテスが入り込んできた。
「ところでフェル殿、村人たちにかけられた魔術、解除できるんじゃろか」
「そうだねえ…」
ブロンテスの問いかけを受けて、フェルナールは腕を組んだ。
「夜にならないと無理だね。あと、ツェーにも手伝ってもらわないと。紐を絡ませるのは簡単だけど、解きほぐすのは難しい。それと同じだよ。あのバカ、自分の魔術が芸術的であることを見せびらかしたかったんだろうね。ホンッットに迷惑な奴」
「なら、どうするんじゃ。夜になるまで、かなり時間があるぞ」
グラクスがレオンハルトに問いかけた。レオンハルトはアゴに手をやってしばらく考え込んだのちに、フェルナールを見やった。
「いったん、お前のダンジョンに戻ろう。いいよな」
「それは構わないよ。どうせツェーを連れてこないといけないし。ただ、こんなに頻繁に転移魔法を使って、オードの魔力は大丈夫なのかい」
「この程度の魔法を使ったところで、問題ありません」
剣の姿のまま、テンプラソードが落ち着いた声で答える。
レオンハルトはテンプラソードを鞘から抜くと、地面に突き刺して転移魔法を発動した。
ダンジョンに戻ったフェルナールは、準備のために瞑想しなければならないと言って、大魔導フェルのハイネスリッチの姿に戻ると、レオンハルトたちの前から姿を消した。
アンデッドの巣窟に残されたレオンハルトたちは、暇になってしまった。
レオンハルトは、ツェーと呼ばれたリッチを捕まえた。
「何か面白い話とかないのか?」
「い、いきなりそんなことをおっしゃられても。困ります」
ツェーは声を震わせながら後ずさりする。
今となっては慣れてしまって何とも思わなくなってしまったけど、ツェーさんって世にも恐ろしいエルダーリッチなのよねえ、とレオンハルトとツェーのやりとりを妙に達観した気持ちで眺めていたメイレンさんは、こんな気持ちにさせてしまったランスロット卿のお父さんって掴みどころがない人だなあと思い、そこで自然と沸き上がってきた疑問をレオンハルトに投げかけた。
「そういえば、ランスロット卿のお父様って、神官戦士だったんですよね。今でも不死者たちへの嫌悪感とか、浄化しなければならないといった使命感とか、残っているのですか?」
「…うーん、そうだねえ」
レオンハルトは問いかけられたメイレンさんへ向き直って、腕を組んだ。
「生あるものにも、良いヤツと悪いヤツがいる。不死者たちにも、良いヤツと悪いヤツがいる。僧籍から離れて世俗にまぎれたこと、そしてあのあほうのおかげで、気付くことができた。ただ、不死者どもの多くが、生者の霊魂を求めて襲いかかってくるからなあ。そんなやつらには容赦できないけど、見つけたらすぐにでも浄化しなければ気が済まないという、積極的な使命感まではないな」
レオンハルトは言葉を区切って、息子へと視線を向けた。
「そういう使命感は、クルトなど現役の聖職者が持つべきだろう。もう私は聖職者ではないし、戻る気もない。戒律は素晴らしいと思うけど、世俗にまみれてしまった私には、僧籍に居た頃のように、戒律を純粋に守り通すことはできないな」
「そんな。お父様には聖職者に戻ってもらって、いろいろ教えてもらいたかったのに」
悲しい表情を浮かべて、コンラートはじっと父を見つめた。そんな息子の頭を、レオンハルトは優しく撫でた。
「なーに。聖職者に戻らずとも、教えることはできるさ。逆に聖職者に戻ってしまった方が、戒律に縛られて自由に教えることができなくなるから、今の方が気楽でいい。組織に深く入り込むほど、組織に守ってもらえる代わりに自由を失うということを、知っておいた方がいいぞ」
「お父様は自由な方がいいのですか」
「まあ、私の場合は、どちらかというと、だな。騎士団にいるから給金はもらえるし、身分保障があるので通行など許可を受けやすい。だから騎士団には居続けるつもりだが、偉くなったりして騎士団に深く入り込みたいとは思わないね。偉くなると、王国の利益について考えなければならなくなる。王国に対してそこまでの義理があるわけではないから、今くらいが丁度いいのさ」
「教会にはないのですか、義理は」
「もう、十分義理は果たしたと思っているよ。魔物狩り、不死者狩りのために、それはもう休む間もなく駆り出されたからねえ。それなのに給金は、食事宿泊に触媒購入などの必要経費に色を付けた程度。肩書さえ与えとけば十分だろうと思われていたんだろうな。肩書にカネはかからないからね。二十歳そこそこで司教なんて周りに誰も居なかったから、それだけで満足していた当時の私を蹴飛ばしたいよ。肩書なんかではなく、たくさん給金もらってこいってね。給金を十分もらっていたら、もっと充実した生活を送れていたはずだからね」
「そうなんですか。偉くなることって、すごいことだと思っていたんだけどなあ」
「まあ、偉くなることはすごいことだって思っている人が、ほとんどだからねえ。初対面で相手のことを理解することは難しい。何も知らない人から見ると、シサクのグラクスよりも、ルリテーラ守備隊副隊長イルッカの方が、偉いと思ってしまう。良い印象を持ってもらいたいから偉くなりたいと思っている人は、きっと多いと思うぞ」
「うーん。難しいです」
「自分に合っているのは何なのか、日々考える癖をつけておいた方がいい。人生の選択を迫られる場面は、ある日突然現れるから、準備をしておかないと選択を間違えることがある。人生の選択を間違えてしまうと、そう簡単には修正できない」
「よく分からないけど、分かりました」
渋面を作ってコンラートは答えた。そんな息子の頭をレオンハルトは優しく撫でた。
「クルトが大人になるまで、まだ十分に時間はある。いろんな大人の姿を見て、考える癖さえつけておけばいい。そして目指すものが見つかるといいな」
「ところで、ランスロット卿のお父様」
頭を撫でられているコンラートの隣にいるメイレンさんが、レオンハルトをじっと見つめた。
「ランスロット卿のお母様って、イェルマ様なのですよね。お父様から見てイェルマ様はどのような方だったのですか?」
「うーん。大切な家族としか言えないかな。随分と長い間、会ってもいないし手紙のやり取りもしてないけどね」
「そんなに長く離ればなれになっていても、待っていられるのですか?」
「まあね。あいつとは結婚するずっと前から一緒に魔物狩りの旅をしていたから、人柄から何から知っている。義理堅い魔法の天才が、私たちのことを忘れて遊び呆けているなんて、全くもって考えられないね。アイツが帰ってくる場所は私たちの元だけだよ。それに、仕事に出たり、炊事洗濯など家のことをこなしたり、クルトのことで世話になってる近隣とか教会とかとの付き合いをしたり、日々の生活に追われてたら、いつの間にかこんなに長い時間が過ぎていたって感じかな。意識して待っていたって訳ではないよ」
こんな風にレオンハルト、コンラート、メイレンさんが話をしている一方で、ブロンテスはグラクスを問い詰めていた。
「ずいぶんと長い間、音沙汰もなく姿をくらましとったのう。おぬし一体どこで何をしていたんじゃ。あの魔女に対抗できる魔術師を探すのに、何年もかかるとは思えんのじゃが」
「そ、それは…。ちゃんと連れてきたのだから、よかろうが」
「そういう問題ではない。なかなか帰ってこないから、みんな怒っとったぞ。シドに続いてグラクスまで逃げ出したってのう」
ブロンテスがシドの名前を出してきたものだから、気の短いグラクスはいきりたった。
「魔鉱石やら宝玉やらを持ち逃げした妖術士ごときとワシを一緒にするな。ワシは何も持ち逃げなんかしとらん」
「ほう。それなら、村に出してもらった多額の路銀、耳を揃えて返せるんじゃな」
「……」
いきりたったグラクスに対して白い目で淡々と返したブロンテス。それに何も言い返すことができなくなったグラクスは言葉を失い、すがる目でレオンハルトを見つめた。
「すまぬ。あとで必ず返すから、カネを貸してもらえんじゃろか」
「はあ?」
子供たちとたわいのない話で盛り上がっていたところに水を差されたレオンハルトは、ジロッとグラクスを睨んだ。
「あんた、金鉱山を掘っていたんだろ。カネならいくらでもあるんじゃないのか?」
「金鉱山んん?!」
レオンハルトの言葉に反応したのはブロンテスだった。
「おぬしの役目はあの魔女に対抗できる魔術師を探し出してくることじゃろうが。何くだらんことやっとったんじゃ」
「いやまあ、たまたま、ほら穴見つけたら、すんごい鉱山じゃったから、ついつい…」
「何が、ついつい、じゃ!そんなところで何年も遊んでいたというのか」
「遊んでいたとは何じゃ。あれだけの鉱山はザラにはないぞ。あの鉱山を本格的に開発できたら、どれだけ村に貢献できると…」
「なら、その鉱山とやら、どこにあるのか言うてみい」
「………」
ブロンテスの追及に黙り込んでしまったグラクス。方向音痴のグラクスが、金鉱山の場所を説明できる訳ないよなあと、レオンハルトはあわれみの目でグラクスを見やった。
「そこに大事なものを残していったわけでもないんだろ。金鉱山のことは諦める。魔術師探しのことは皆に謝る。それしかない。ちなみに貧乏騎士の私には、あんたに貸せるほどのカネはないぞ」
「ううっ、わ、ワシのプライドが…」
「プライドがあるのなら、言われた仕事くらいは忘れずにこなすことだな。まあ、あのあほうがサジを投げていないから、何とかなるだろう。うまくいったら、下手な言い訳をせずに素直に謝ることだ。それが一番プライドが傷つかない」
「そ、そうじゃな。分かった。おぬしの言う通りにする。素直に謝るのが一番」
肩を落としてグラクスはうなだれた。
そんなグラクスの肩を、ブロンテスが軽く叩いた。
「ちゃんと謝っても責めてくるヤツがいたら、ワシがフォローしてやるから、そんなに気落ちするな」
「すまんのう。ブロンテス、恩にきるぞ」
などと雑談をしていると、ツェーから軽食の誘いが入ったので、皆がそちらへと向かった。
つづく
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