第16話 シサクの村に着いたのだが…
シサクの村は、ブロンテスの小屋から歩いて小一時間くらいのところにあった。グラクスではなくブロンテスの案内なので、森の中のうっそうとした小径ではなく、普通に人が通れそうな道だ。ただ、手入れが行き届いておらず、結構雑草が生えているので歩きにくかった。
「なんだか嫌な予感がする…」
このレオンハルトのつぶやきは、ものの見事に的中する。
遠目でシサクの村が見えてきた時点で、異様な雰囲気が伝わってきた。
以前、ルリテーラの町にたどり着く前、そう、何とかいう名前のよく分からん吸血鬼を倒した村と同じような雰囲気だ。目前に村があるのに、人の気配がない。あの時と同じように魔物か何かが出てくるのではないかとレオンハルトたちは警戒するが、先導しているブロンテスには緊張する素振りが一切ない。このまま、シサクの村へと入る。
中に入ると、異様さの正体が判明した。石造りの建物はまだしも、木造の小屋には傷みが出始めている。荷車や農機具なども同様で、金属部分に錆が、木製部分にささくれ立ちが表れており、それらが生活感を保たせたまま放置されている。道中と同じように雑草がところどころで生い茂り、鳥たちの姿、虫の気配はあるのだが、肝心の村人の姿は全くない。その代わりといわんばかりに、あちこちにたくさんの石像が様々な姿勢で放置されていた。歩いている像、何人かで談笑している像、荷車を引いている像、様々だ。まるで、実物大の村の模型だ。
「一体なんなんだ、この村は」
レオンハルトの驚きは仲間たち皆が共有するもので、一斉に視線をブロンテスに注いだ。注目されたブロンテスは、困惑の色をたたえてレオンハルトを見やった。
「わしにも分からん。ただ、半年前に用事でここに来た時、魔女が居なくなった代わりに、村がこんな風になっていた。これを魔女の置き土産なんだと思っているのじゃが。この石像は何じゃろうか」
「うーん。奴隷として村人を連れ去った代わりに石像を置いていくなんて、ちょっと考えくいな。この石像は何だろう」
こうつぶやいてレオンハルトが石像の一体を触ろうとすると、メイレンさんから制止の声が上がった。
「触らないで。それ、石化された村人たちです」
「えっ?」
慌てて手を引っ込めてレオンハルトはメイレンさんへ視線を移す。メイレンさんはレオンハルトの横をすり抜けて前に進み出ると、像に手をかざして何やら呪文を唱えた。にわかに像が一瞬だけ鈍く光る。その様子を見てメイレンさんは険しい表情になり、他の石像へ向かって歩いていった。
その様子を見ていたコンラートは、メイレンさんの兄であるファーゼルを見やった。
「いったい何があったのでしょうか。石化といえば、バジリスクとかコカトリスとかの魔物が思い浮かぶのですが、そういった魔物に襲われたのでしょうか」
「普通はそう考えるよな」
「でしょ…」
バジリスクというトカゲの化け物は、視線で相手を石化させる。コカトリスというニワトリのような化け物は、口から吐き出すガスで相手を石化させる。いずれの石化も神聖魔法で解呪が可能だ。風化で欠損したものは元に戻らないが、首さえ千切れていなければ、これも神聖魔法で復元できる。解呪も復元も神聖魔法の中では相当高位のものなので、村の司祭などでは使うことができないが、アウレリウス大聖堂の天才児であるコンラートであれば使うことが可能だ。そのことをメイレンさんは知っているはずなのに、なぜ自分を頼ってこようとしないのだろうか。ちょっとした不信感で言葉が濁ったコンラートの耳に、ファーゼルのつぶやきが入ってきた。
「ただ、魔物に襲われたにしては、その痕跡が全くない」
周囲を見渡すファーゼル。それに倣ってコンラートも周囲を見渡すと、確かに魔物の足跡らしきものも、魔物で壊された形跡も見当たらない。バジリスクのように視線で石化させるためには、一人一人を睨んで回らなければならないが、村とはいえ千人弱の人口を抱える比較的大きな村の村人たちを一人一人視線で石化させていくのは物理的に難しい。コカトリスのようにガスで石化させるのであれば、ガスを浴びた生命体が全て石化されてしまうので、村人だけでなく家畜や草木も石化されているはず。なのに、石化されているのは村人だけ。この状況を見る限り、村人の石化が魔物による被害と断定することはできそうにない。石像の一体を観察したが、石化されると作りが大雑把になってしまうので、どんな表情をしているのか全く分からない。
気になったコンラートは、メイレンさんと同じように村の中を見て回ることにした。適当に建物の中に入ってみると、中は埃っぽく、仕事中であろう動きをしている像、家事をしている像など、屋外だけでなく屋内にも石化された村人がいた。食べ物は石化されておらず、腐敗を通り越して乾燥しきっており、粉くずになっているものが多い。
適当に近くを歩き回ったコンラートは元居た場所へ戻ると、樽に腰かけたままずっとその場にいたレオンハルトから声をかけられた。
「何か変わったことはあったか?」
「いえ、特には。ただ、さっきから気になっているのですが」
「ん?」
レオンハルトは微笑みを浮かべた。何でこのタイミングで微笑むのか?コンラートは理由が気になったが、少しばかり考えたところで何も分からないので、とりあえず正直に自分の感想を述べることにした。
「…村全体を覆う魔素が多い気がします」
魔素とは、この世界ならではのもので、魔鉱石から湧き出る魔法の媒体となるものである。人間を含む生物の体内にも存在する。千年ほど前はもっと魔素が濃かったようだが、魔大戦が終わると急速に減少したとのこと。
このコンラートの答えを聞いて、レオンハルトは「ヨシ」のハンドサインをした。
「さすが、よく気付いたな。村人たちが石化したことと直接関係あるかどうかは分からないが、この魔素の濃さは異常だ。この村には何かある。ひょっとしたら、ファソラとかいう魔女がこの村に居ついたのは、この魔素の濃さと関係があるのかもしれない」
「でも、魔素が濃くても薄くても、生きていく上では何も関係ないでしょ」
「まあな。でも、ヒューマン以外のエルフとかドワーフは、生来の魔素を多く備えていないと、魔素の薄い場所では生きていけないからな」
この世界で亜人類と区分されるエルフやドワーフはヒューマンと違って半妖精のため、生存する上で魔素が必要となる。彼らが自然界に集落を築いているのは、地下に魔素を含む魔鉱石があるからで、開墾されたり造成されたりして魔素が霧散してしまったヒューマンの生存圏にエルフやドワーフが居を構える例は少ない。頑強が取り柄のグラクスや、名家生まれのファーゼルやメイレンさんは、体内に魔素を多く備えているようなので、魔素の少ないところでも一定期間滞在することができるようだ。
レオンハルトは僅かに考え込むと、独り言のようにつぶやいた。
「ここでは良質の魔鉱石が発掘されるのかもしれないな。ただ、無闇な魔鉱石の売買は禁じられているから、魔鉱石鉱山の情報はあまり出回っていないはず。この村で魔鉱石の違法売買があったのなら、ルリテーラ守備隊のイルッカが知らないはずがなく、知っていればそれとなく教えてくれたと思うが、うーん、考えがまとまらないな」
「魔鉱石って売ったり買ったりできないのですか?」
コンラートの問いかけを受けて、レオンハルトは視線を息子に向けた。
「できないことはないが、売り買いには王国の許可が必要で、扱える量も決められている」
「どうしてそんな決まりがあるのですか?」
「量を多くそろえて魔法陣など手順を踏むと、魔界の門が開いて魔族が出てくるからな。魔大戦でせっかく封印したのに、またこの世界にやってこられたら、たまったもんじゃないだろ」
レオンハルトはため息をつく。
ビルカ以北の王国の権威が行き届かない蛮族は、きっとそれをやって魔王とやらを呼び寄せたのだろう。
蛮族が魔王を呼び寄せる知識なんか持ち合わせているはずがないから、きっとそそのかした悪知恵の働く面倒な奴が連中のそばにいるのだろう。そう思うと気が滅入ってしまう。
「こんなに魔素が濃いければ、いずれこの辺り一帯は魔物の巣窟になってしまう。今はファソラとかいう魔女によってこの辺りの魔物が狩り尽くされているからいいけど、放置しておくと大変なことになる。あとで一旦ルリテーラに戻って、イルッカに対処を求めるしかない」
「ルリテーラのヘルゲイザーも、ここの魔素の影響で出てきたのでしょうか」
「さあな。だが、無関係と断定もできないな。そんなことよりも、この石化した人たちをどうにかしないといけないのだが…」
とレオンハルトが息子と会話を重ねているうちに、メイレンさんをはじめとした皆が戻ってきた。戻ってきたメイレンさんの表情は、一層深刻なものになっていた。
「…村人たちがどうやって石化されたのか、大まかなことが分かりました」
「で、結論は?」
あまりにメイレンさんが深刻なので、皆の表情が硬くなった。つばを飲み込みながらレオンハルトはメイレンさんに発言を促す。促されたものの、メイレンさんの口調は重かった。
「…この石化は、魔物の特殊能力によるものではありません。魔術です」
「えっ。石化なんて黒魔法にもありませんよね」
コンラートが驚きをもって問いかけた。通常の黒魔法や白魔法では物質の変換ができない。物質変換は錬金術の範疇で、それも化学反応のような変換しかできないのが常識だ。魔物による石化がどういう理論で起きているのか、未だに解明できていない。ゆえに魔法などでの石化はできないというのが、現在の常識となっている。それなのになぜメイレンさんは魔術だと言い切れるのか。
「ランスロット卿の言う通り、現代魔法では石化はできません。ですが、失われた古代語魔術では可能であったと伝えられています。この魔術は対象一人を石化させるだけでも大変な労力を要します。なのに、この魔術を大多数にかけるだけでなく、魔術をかける際に、対象種族を絞り込む魔術と、対象種族の位置情報全てを把握する魔術を同時に発動させています。こんな神業のような芸当ができる魔術師なんて、私は知りません」
「ファソラという魔女は、そんなとんでもない魔術師だったというのか…」
グラクスは天を仰いだ。事態は思った以上に深刻だ。同じ思いのブロンテスがメイレンさんに問いかける。
「で、解除できるのか?」
すがるような視線をメイレンさんに向けたブロンテスだったが、メイレンさんの答えは、
「古代語魔術は冥界や魔界と関係ないので、神聖魔法で解呪できません。私も古代語魔術の初歩は知っていますが、こんな高度なものは扱えません。しかも、古代語魔術による石化は、魔物の特殊能力による石化よりも悪質で、魂まで石化させてしまうらしいです。肉体の石化を正常に戻したとしても、果たして元通りになるか…」
「そんな…」
ブロンテスとグラクスは、メイレンさんの返答に言葉を失った。深刻な雰囲気に飲まれて、コンラート、ファーゼル、イーリスも無言になる。しばらくの沈黙が流れたが、それを打ち破ったのは、瞳を閉じて腕組みしていたレオンハルトだった。
「…心当たり、ないことはないのだが…」
「あるのか、方法が!」
掴みかからんばかりの勢いでグラクスがレオンハルトに詰め寄る。レオンハルトは苦笑しながら愛剣テンプラソードを鞘から抜き放った。
「この剣を私に譲ってくれたやつだよ」
つづく
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