第15話 森の鍛冶師さん
ドワーフという種族は小柄なため重心が低く、そして筋肉質。普段洞穴とかで生活しているから足腰が鍛えられており、足場の悪いところを素早く移動することができる。そのため、森の中のあぜ道など、舗装された道路のように足早に歩くことが可能だ。ドワーフのグラクスは、地元の土地勘もあって普通の人間では考えられない速さでどんどん先へと歩いていく。地元に帰ってきた喜びにあふれて、仲間のことなど考えられなくなっているのだろう。レンジャー職で並みの人よりは俊敏性に優れ、度々森の中に入って森の中の移動に慣れているイーリスですら、グラクスの足早さに驚き、見失わないよう追跡するのに精いっぱいだった。
「イーリスさん、もう少しペースを落としてもらえないでしょうか」
切ない声を上げるのは、聖騎士のコンラート。魔法で軽量化されているとはいえプレートアーマーを着込んでいるため、そこそこの重量がある。生来の身体能力を鍛え抜いているため、たとえプレートアーマーを着込んでいようとも、常人をはるかに超える動きを見せることができるのだが、さすがのコンラートも本気を出したレンジャーの移動速度についていくのが苦しいようだった。
だが、コンラートの願いは叶えられなかった。
「ごめん、ランスロット卿。ペースを落とすとあのバカを見失ってしまう」
「ふえぇ」
イーリスからの背中越しの謝罪に落胆するコンラート。
僅かに地面から浮き出した木の根につまずきそうになりながらも、何とかイーリスのペースに付いていく。
うっそうとした森の中を右に左に進んでいくので、次第に自分が東西南北どちらを向いているのか、分からなくなってきた。
やがて、方向感覚を失ってからどれくらいの時間がたったのかも、分からなくなってきた。
前を行くイーリスの姿を見失ったら間違いなく森の中で迷子になって出られなくなるだろう。
そんな恐怖を感じると、コンラートはますます必死にならざるを得なくなった。
「お父様のそばから離れるんじゃなかった…」
という後悔の言葉を、コンラートが脳内で少なくとも百回はつぶやいたころ、突然視界が開けてきた。
「…あんなところに、小屋が」
実際はそんなに広いわけではないのだが、これまでうっそうとした森の中を進んできたため、かなり広い空間に見える。そこに視界に入るだけで3棟ほどの小屋が建っており、うち一つには煙突が建っていて煙がもうもうと立ち上っていた。先を進むにつれ、言い争っているような声が聞こえてきた。
「…今頃帰ってきて、何を考えている」
「さっきから言っておるじゃろが。迷子になっていたって」
「いい年して迷子とは、もう耄碌したのか。情けない」
「耄碌とはなんじゃ、そんな言い方はないじゃろが」
「そんなことより、ちゃんと見つけてきたのか。あの魔女に対抗できる魔術師を」
コンラートたちは声のする方へと近づいていくと、やがて煙が出ている建物の傍で、グラクスと見知らぬドワーフが言い争っているのを見つけた。見知らぬドワーフは頭巾で髪をまとめており、伸ばし放題にしている口髭と顎髭、鍛冶師らしい前掛けをしていて、火造り槌を握っている。近づくコンラートとイーリスに、グラクスが気づき、二人を手招きした。
「おお、来たか。ブロンテスよ、こちらがイーリス、そしてこちらがランスロット卿じゃ」
「ランスロット卿?あのランスロット卿?何を言い出すかと思ったら、あんな伝説上の人物なんかおるわけがなかろう。グラクスお前、どこまで耄碌したら…」
「だから、耄碌なんぞしとらんわい。その証拠にじゃな、ランスロット卿すまんが剣を見せてやってもらえんかの」
「えっ、ええ。いいですけど」
突然話を振られたコンラートは、とまどいつつも剣を鞘から抜き放った。胡散臭い目をしていた前掛け姿のドワーフの目が、どんどん驚愕の色に変わっていく。
「お、おお、何じゃこの光り輝く刀身は。こんな刀身は、これまで見たことがない…」
「そりゃそうじゃろう。わしも初めて見たときはビックリしたものじゃ。なんせ正真正銘のアロンダイトじゃからな」
「アロンダイト!あれは大神殿の奥深くに秘蔵されていると聞いていたが」
自分のものでもなんでもないものに、グラクスがふんぞり返って自慢する。そのことに気づいたイーリスはグラクスを白い目で見たが、ブロンテスと呼ばれた前掛け姿のドワーフはアロンダイトに見惚れて気づかなかった。彼の疑問に答えたのは、持ち主のコンラートだった。
「アウレリウス大聖堂の主教様が授けて下さいました。あっ、初めまして。僕、コンラートと言います。グラクスさんにはお世話になっています。僕のことは気軽にクルトとでも呼んで下さい」
「私はランスロット卿の旅仲間イーリス。一応このグラクスの他にも仲間がいて、もうしばらくするとここに来れると思うわ」
突然コンラートが剣を鞘に戻して自己紹介を始めたので、慌ててイーリスも自己紹介する。それを受けて前掛け姿のドワーフは、自分が周りに気づいていなかったことに恐縮し、慌てて二人に視線を向けた。
「おお、失礼した。わしはブロンテス。ここで刀鍛冶をやっている。グラクスが大変世話になっているようで。こんな頑固者をここまで連れてくるのは大変だったじゃろ。ありがとう」
ブロンテスが頭を下げて礼を述べてきたので、コンラートは慌ててかぶりを振った。
「いえ、お礼には及びません。グラクスさんには僕たちもお世話になっているのですから」
「おぬしたちがいなければ、このあほうは未だに遠くを彷徨っていたはず。こんな辺鄙なところにグラクスを連れ帰ってくれたことだけでも礼をさせてもらいたい。さ、こんなところで立ち話もなんだから、部屋へと案内しよう」
ブロンテスに促され、コンラートたちはこことは別の小屋へと向かった。
コンラートたちが案内された小屋は、外見は防腐加工だけの素朴な建物だが、中は適度に調度品が揃えられており、十数人なら着席できるテーブルと椅子が用意されていた。たった一人で刀鍛冶をしているのに、なぜこんなに大勢の人が入れるようにしているのか尋ねたところ、
「商人たちがちょくちょく商談に来るから」
とのこと。あんなうっそうとした森の中を商人たちはどうやってここまでやって来るのか不思議に思ったコンラートが、疑問を口にすると、ブロンテスは豪快に笑った。
「グラクスのことだから、地元の者しか知らんケモノ道を通ったのじゃろ。遠回りだが、ちゃんとした道がある。こいつは方向音痴のくせにケモノ道を行きたがるから簡単に迷子になるんじゃ。いい年してほんとにみっともない」
この話には苦笑するしかないコンラートだった。
雑談をしているうちに、やがてレオンハルトたちがやって来た。メイレンさんが仲間の所在を感知できる魔法を仲間にかけていたので、この場所が分かったようだ。コンラートたち同様、レオンハルトたちもあれからは襲来を受けることなくたどり着けたとのこと。
「まあ、あの魔女がシサクに住み着いてからは、めっきり魔物が減ったからな。素材になるとか何とか言って、めぼしい魔物は狩りつくされたようじゃ」
とは、ここを住みかとしているブロンテスの弁。ちなみにレオンハルトたちもブロンテスと互いの自己紹介は済ませている。ここで、レオンハルトが疑問を挟んだ。
「それはそうと、ここに魔女とやらは来たのか?」
「いや、来とらんよ。商人たちの出入りが多いから、人目に付くことを嫌っているようじゃ」
「では、どんな魔女か詳しいことは」
「名前くらいは分かる、魔女の名はファソラ。使える魔法とかは、魔法使いではないわしには分からん。ただ、今はもう居ない」
「そうなのか?」
驚きの声を上げたのはグラクスだった。何らかの鉱石が魔法の媒体になるからとかで、この鉱山に住み着いたはず。必要なものを採り尽くしたからだろうか。
「何故出て行ったのかも、シサクの住民ではないわしには分からん。ただ、魔女の置き土産がやっかいでな」
「置き土産?」
レオンハルトの疑問にブロンテスは難しい顔をした。
「わしの口で言うよりも、実際に見てもらった方がいいだろう。来てもらえるじゃろか」
ブロンテスの提案に、レオンハルトたち皆が首肯した。
つづく
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