第11話 出発

 ある国に、ある騎士がいた。その騎士は、うだつの上がることがなく、名もなき村で一生を終えた……

「ぐぉるあぁぁぁ!!人を勝手に殺すな!!」

 ぐぬう。レオンハルトめ。悪運の強い奴だ。イーリスさんがいなければ、確実に死んでいたくせに。

「ふはははは。地獄の底から這い上がってきたぜ」

「地獄じゃなくて、厠でしょ」

 イーリスがレオンハルトを白い目で見る。青白い顔で厠から出てきてから丸々三日寝込んだあとレオンハルトに回復の兆しが見え始め、ようやく本来の健康を取り戻したのだが、すでに二週間が過ぎていた。

「そういえば、クルトはどこに行ったのだ?」

 しばらく付きっきりで看病してくれていた息子が、ここ数日の日中、姿を見せないことに気付き、病床にいるレオンハルトがイーリスに尋ねた。コンラートの代わりにレオンハルトの傍にいるイーリスは、不機嫌そうに答えた。

「さぁね。どうせ青春を謳歌しているんでしょ」

「青春?なんじゃ、そりゃ」

「とうに青春が過ぎ去ってしまった人には関係のない話」

「何を言う。私だって、まだ三十代に入ったばかりだ。三十代といえば…」

「立派なオジサンでしょ」

「……」

 もはや何を言ってもイーリスには太刀打ちできない気がしたので、レオンハルトはこれ以上の自己弁護を止めることにした。それにしても、何でこんなに不機嫌なんだ。ひょっとして、嫌々看病を押し付けられたからだろうか?レオンハルトはイーリスを自分の看病から解放しようと思った。

「そういえば、ファーゼルはどうしたんだ。彼と少し話をしてみたいから、呼んできてくれないかな」

「そんなに気になるんだったら、自分が呼んだらいいじゃない」

「???」

 椅子から思い切り立ち上がって病室から出て行ったイーリスを、レオンハルトは呆然と見送った。


 父親の看病で精神的にも肉体的にも疲れ果てていたコンラートを見かねたメイレンが、気晴らしを勧めたのがきっかけだった。同じくらいの年齢だったこともあって、コンラートはたびたびメイレンと散歩するようになった。この日も、村の外に出て小高い丘を歩いていた。だいぶ風が冷たくなってきたのだが、幼さが残る彼らにとっては心地よい風だ。

「そういえば、気になっていたんだけど」

「何が?」

 尋ねてきたメイレンのほうをコンラートは振り返った。きらりと輝くサファイア色の瞳に見つめられて、メイレンはドキリとして一瞬言葉を失った。

「……きれい…じゃなくって。ランスロット卿は神聖魔法を扱えるんでしょ。神聖魔法で病気を治せたんじゃないの?」

「病気ね」

 人々は神聖魔法の存在を知っているが、神聖魔法がどういうものであるかを知る者はいたって少ない。精霊魔法を扱える精霊使シャーマンいでさえも知らなかったりする。だから、こういう質問にコンラートは慣れていた。

「病気にも種類があるんだ。神聖魔法で治せるものと、治せないもの。石とかの鉱物が原因の病気だったら治せるけど、カビとか生物が原因の病気は難しいんだ」

「それは、なんで?」

「うーん。神聖魔法って、お日様のようなものなんだよ。お日様の光を浴びると、生きているものみんな元気になるでしょ。もし、生物が原因の病気にかかっている人に神聖魔法の回復呪文をかけると、人だけでなく病気の原因になっている生物も元気いっぱいにしてしまうんだ。病気で弱っている人よりも、病気の原因になっている生物の方が元気いっぱいになってしまって、逆に病気が進んでしまう。実は、お父様が倒れてしまう数日前、ちょっと調子が悪そうだったので弱い回復呪文をかけてみたんだけど、全然治る気配がなかったから、魔法で治すことは諦めたんだ。それからは心配で心配で…。イーリスさんのお薬がなかったら、どうなっていたか…」

「ほんとイーリスさんのおかげだね。お父さん、治ってよかったね」

「うん。でも、メイレンさんにもお礼が言いたいな」

「えっ」

 コンラートが歩みを止めてじっと見つめてきたので、メイレンはドキドキした。そんなメイレンの心の動きに気付いていないコンラートは、メイレンに優しく微笑みかけた。

「外に出て、景色を眺めたり、木々のざわめきや鳥の声などを聞いたり、さわやかな空気を吸ったりしたから、だいぶん元気になったよ。メイレンさんが誘ってくれなかったら、きっと疲れきったままだった。そして、何よりも…」

「……」

「メイレンさんとおしゃべりできたことが、一番よかったかな。ほんとうに、ありがとう」

「……どういたしまして」

 コンラートが差し出した手のぬくもりは、メイレンの心の奥底にまで染み渡っていった。


 レオンハルトが完全に回復してロデアの村を出発したのは、更に三日が過ぎてからであった。久しぶりに皮鎧をまとったレオンハルトは、散々世話になった教会の司祭様に礼を述べた。

「苦しいところを助けて下さったご恩、決して忘れません。わずかですが、御礼をしたいと思うのですが」

「元気になられて、何よりです。これも神のお導きです。礼なら、もう必要ありませんよ」

 司祭様は、にこやかに答えた。さすが聖職者。お布施もいらないとは…と思ったのは一瞬。レオンハルトは司祭様が言った一言に引っかかった。

「もう…とは、どういうことでしょうか」

「いえいえ。礼を述べなければいけないのは、私たちのほうです。あなた様のお仲間のグラクス様には、それはとてもお世話になりました。来られたときには虫の息だったあなた様はお気付きでないかもしれませんが、この教会はおろか村の至る所をグラクス様とファーゼル様が修理、改良をして下さいました。誠にありがとうございました」

 そう言われてみると、金槌や斧などを使っている音が響いていたような気がする。教会を見渡してみると、そこかしこと修繕されているのが見受けられる。秘薬を作ってくれたイーリス、看病してくれたコンラートとメイレン。そして村で滞在できる環境を作ってくれたグラクスとファーゼル。頼もしい仲間に恵まれたことへの感謝が溢れてきた。

「それでは、出発します。司祭様にご多幸あらんことを」

「レオンハルト様にも神のお恵みがあらんことを」

 この司祭様の言葉に、レオンハルトは深々とお辞儀をすると、身を翻して扉を開けた。外にはレオンハルトの頼もしい仲間たちが待っていた。

「元気になったようで何よりじゃ。おぬしがいてくれないと、シサクまで辿り着けないからな。頼むぞ」

とグラクス。

「まだ旅の途中なんだから、こんなところで脱落しちゃダメよ。ランスロット卿のためにもまだまだ頑張らなきゃ」

とイーリス。

「あんたから聞きたいことがたくさんある。こんなところでくたばられたら、こっちが困る。人に呪われないよう、せいぜい気をつけるんだな」

とファーゼル。

「ランスロット卿のお父様。元気になってくれて嬉しいです(ランスロット卿が喜ぶから)」

とメイレン。

「お父様…(言葉にならない)」

とコンラート。それぞれの言葉に詰まっている優しさを感じて、レオンハルトは嬉しかった。

「みんな、待たせたな。では、行こうか」

 仰ぎ見た空は青く澄み渡っていた。


 峠道を登りきって下りに差し掛かり、しばらく歩いたところで空が暗くなってきた。そこでレオンハルト達は野宿の準備に取り掛かった。

「しばらく教会で夜を過ごしてきたから、ベッドが恋しいなぁ」

「お布団、気持ちよかったなぁ」

 レオンハルトとその息子のつぶやきに、他の三人も同意した。そんなことを言ってもベッドが出てくる訳ではないので、ファーゼルとイーリス、そしてグラクスの三人が焚き木拾いに出掛け、残りの三人が野宿の場所作りに取り掛かった。レオンハルトとコンラートは、散乱している石や枯れ草などの除去を始めた。

「クルト。今晩出そうか?」

 レオンハルトが幽霊のポーズをとって息子に尋ねる。コンラートは笑顔で父親に答えた。

「ここは大丈夫だと思いますよ。それよりも、亜人や獣の方が心配ですね」

「なら、グラクスの出番だな。あいつの亜人や獣への闘争本能は尋常じゃないからな」

 レオンハルトは大きな石を持ち上げると、雑木林の中へ放り投げた。コンラートはそばにいるメイレンと一緒に枯れ草を刈り取り、野宿場所の中央付近に集める。レオンハルトが10個目の石を放り投げたとき、事が起こった。石が何かにぶつかったようだ。鈍い音とともに悲鳴が上がる。

「何だ」

 レオンハルトは愛剣テンプラソードを抜き放つ。同時にコンラートも愛剣アロンダイトを構えた。すると雑木林の中からゴブリンの集団が現れた。夜陰にまぎれて強盗を働き生計を立てている亜人だ。ざっと見ると30匹はいそうだ。

「こういうときにグラクスがいると楽だったのに…」

 レオンハルトが独白するや否や、一斉にゴブリンどもが襲い掛かってきた。レオンハルトもステップを踏んでゴブリンに斬撃を放つ。レオンハルトが駆け抜けると同時に正面にいたゴブリンの胴が真っ二つに切断された。上半身が仲間のゴブリンにぶつかる。そのゴブリンと近くにいたゴブリン数匹が、あまりの惨劇に奇声を上げて座り込んだ。そこに、コンラートが狙い澄ましたかのように正確な剣閃を放ち、ゴブリンどもの首が飛ぶ。仲間敵を討とうと闘志をみなぎらせたゴブリン数匹が、美しい死神に襲い掛かろうとする。だが、目的を果たす前にバックステップを踏んで飛び掛ってきたレオンハルトに背後から斬撃を放たれ、次々と黄泉の国への旅人にされた。ものの数分で仲間の四分の一がやられてしまい、ゴブリンどもはひるんでしまった。まさにそのとき、メイレンの魔法が完成した。

「群石矢雨!」

 野営予定地にある石が次々と浮かび上がると、それがゴブリンの集団目掛け猛スピードで飛んで行く。全ての石がゴブリンにぶち当たり、悲鳴と血飛沫が上がる。絶命を免れたゴブリンは、這う這うの体で逃げ出していった。

「…メイレンさん、すごいね。土の精霊使いだったんだ」

 アロンダイトに付いた血糊をぬぐいながら、コンラートはメイレンに微笑みかけた。魔法の発動でメイレンは少々疲れた様子。

「…土と風と水は使えるわ。ここは大地の気が強いから効果が高かったみたい」

「そうだったんだ」

 こう言ったのは、剣を鞘に収めて戻ってきたレオンハルトだった。そして、こう続けた。

「ここにある石ころ、魔法でどうにかできないかな?」

 この魔法使ったらどれだけ疲れるのか分かってんの?天使様の親は悪魔だ!メイレンはげんなりしつつも、悪魔の依頼に従った。

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