第4話 聖騎士

 クマを退治した街道の両側は、木々が生い茂る林になっている。クマを退治したあと、グラクスは薪になるものを探しに林の中へと飛び込んで行ったのだが、林には道も何もない。方向感覚に優れていないグラクスの事が心配になって、コンラートはグラクスを追いかけたのだが、グラクスの姿を見つけるまでに数時間を要した。グラクスが作ったであろう林の中の通り道を抜けたら、そこはそこそこ広い草っ原になっていた。かつての砦の跡なのか、石垣らしきちょっとした高台と石段らしきものがある。その一角にグラクスの姿があった。すっかり日は傾き、空に赤みがさしている。

「グラクスさん」

「うわっ!」

 コンラートが声をかけると、グラクスは先程のクマ退治の雄姿からは想像もつかない情けない叫び声をあげてコンラートの方を振り返った。

「…何だ、クルト君か」

「一体どうしたんです」

 グラクスに近づくコンラート。グラクスは林の一点を指差した。

「ほら、あそこ。不気味に光る何かがいる…」

 グラクスに促されて林の一角を探る。確かに何かいる。

「松明を持った村人でしょうか」

「いや、そんな生易しいもんじゃない…」

 グラクスの重いつぶやきを受けて、コンラートはアロンダイトの柄を握る。冷たい風が二人の間を吹き抜ける。その風に乗って、暗く澱んだ人の声らしきものが、二人の耳孔に虫が這うような嫌な感覚を与えた。

「…二体、三体なんて数ではありませんね」

「何だって?」

 グラクスの背中に冷たいものが流れる。相手が生き物であれば大抵のものに恐怖を感じないが、そうでなければ勝手が違う。林の中から不気味な光が姿を現した。その光の玉は四~五体くらいか。そして、それに続いて骸骨やら肌が腐った死体らしきものが歩いて出て来た。

「うわぁ。アンデッドの集団か…」

 こういう動く死体には、普通の攻撃が全く効かない。いくら砕いても、頭だけ腕だけで襲い掛かってくる。逃げようとコンラートに声をかけようとしたグラクスは、思わず唾を呑みこんだ。女の子のような頼りない顔立ち体つきのコンラートから、えも言えぬ気配が漂っていた。

「レイスが六体、スケルトンとゾンビがそれぞれ二百体くらいですか。ヴァンパイア以上の霊体はいなさそうだから…」

 こうつぶやくと、コンラートはアロンダイトの柄から手を放し、姿勢を整えた。

「グラクスさん。これから除霊をしますから、僕の傍から離れないで下さい」

「ん、あぁ」

 グラクスは言われるがまま、コンラートの後背に立った。目を凝らしてよく見ると、アンデッドの集団に完全に囲まれてしまっているのに気付いた。死霊どもに襲われて死ぬと、魂は浄化されず生への果てしない渇望に飢え、その場に永久に漂い続けねばならなくなる。見渡す限りの動く死霊に囲まれ、グラクスは完全に生気を失ってしまいそうになった。そんな時、後背から心が洗われる歌声が響いてきた。ボーイソプラノの軽やかな歌声。周りが暗くなってきているのに、自分たちのいる周りだけが柔らかな光に照らされているかのようだ。その歌声は草原の隅々に行き届き、グラクスたちに迫ってきた死霊ども全ての動きを止めた。数分流れた歌声のあとに、何やら呪文が詠唱される。最後に聖言が唱えられると、コンラートから蒼白いまばゆい光がほとばしった。グラクスの周りにいた全ての死霊が光を浴びると、浄化されて消えていく。まるで奇跡のような光景を目の当たりにして絶句したグラクスは、一言だけこうつぶやいた。

「聖騎士ランスロット卿…」

 しばらくすると、ただならぬ気配は完全に消え、普通の草原に変わっていた。

「終わりましたよ」

 何もなかったかのような声で、コンラートはグラクスに言った。が、グラクスはコンラートの方を振り返らず、魂が抜けたような声でつぶやいた。

「…遥か数百年前、聖なる力を持った最強の騎士がいたという伝説を聞いたことがある。この騎士は愛剣アロンダイトで世の闇を切り裂き光を取り戻したという。まさか、あなたはランスロット卿?」

「そんな立派なものではありませんよ。騎士レオンハルトの息子、まだまだ修業中の身です」

「いや、あなたはランスロット卿だ。命を助けられた。ありがとう。ありがとう」

「もう、いいですから。それよりも父が待ってます。早く戻りましょう」

「ありがとう。分かった、ランスロット卿」

 コンラートは、涙を流しながら手を握られ見つめられて怯んだレオンハルトと同じ表情をしていた。


 その時、レオンハルトはまだクマの解体作業をしていた。

「くっそー。めんどくさいなぁ…」

 勝手に場を去ったグラクスに絶対手伝わせてやると心に誓ったレオンハルトだった。

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