第36話 ネクロマンサー

 レオンハルトたちは、メイレンさんに水の精霊魔法「水中適応」をかけてもらい、レオンハルトとファーゼルのおかげで安全になった水の中へと入る。メイレンさんの先導のもとで出口を目指した。出口の蓋も入口同様に重いものだったので、入口の時と同様にゲッツェルに開けてもらう。

 出た先は、聖なる光に満ちた真っ白な空間だった。ここにも、皆の予想通りに魔物がいた。

「あれって、魔王?」

 魔力のこもった豪奢で禍々まがまがしい冠を被り、魔力のこもった上質で禍々しいローブを羽織り、魔力のこもったおぞましい長杖を持つ魔人がいるのだが、本人は聖なる光によって弱りきっていて、立っていることがやっと。長杖を文字通り杖として使って、それに寄りかかっており、肩で息をしてヨロヨロしている。メイレンさんのつぶやきが、疑問形になってしまうのも当然と言えば当然だった。

 そんなヨボヨボ魔王もどきは、手のひらをレオンハルトに向け、呪文を唱えて魔方陣を展開。レオンハルトに向けて業火を放ってきた。

「神聖魔法第四階層一番『絶対聖域』」

 レオンハルトが呪文を唱えると、レオンハルトの全身を包み込むように魔方陣が展開され、それにヨボヨボ魔王もどきの業火がぶち当たると、業火は瞬時に消え去った。

 レオンハルトは、無警戒で魔王もどきへと近づく。そして、テンプラソードを鞘から抜いて振り上げた。テンプラソードから炎が吹き出して、そのまま魔王もどきに剣閃奔走。魔王もどきはレオンハルトに一刀両断されると光輝き、光が終息すると、そこから宝石のようなものが現れて地面に落ちた。

 レオンハルトは、地面に落ちた宝石のようなものを拾い上げると、今回はメイレンさんに渡さず、空間目掛けて投げつけた。

ガッシャーン

 壁も何もない空間にヒビが入って、砕け散る。今いる空間の向こう側に、部屋があるようだった。こちら側の方が明るいので、向こう側がどうなっているか分からない。分からないのに、レオンハルトは向こう側へ無警戒にどんどんと歩いていく。

「待って下さい、レオンさん」

 シャルがレオンハルトに追いすがる。心配しているのはシャルだけで、他の仲間たちはのんびりしている。

 空間の裂け目に来たシャルは、レオンハルトの背中越しに中を見やる。中は豪勢な執務室のようになっていて、壁はダークな木目調。所々に小机があって、その上に水晶玉が乗せられており、水晶玉にはダンジョンの中の各所が映し出されている。シャルから見て右に執務机のようなものがあって、そこにマントを羽織ったスーツ姿の紳士が椅子に腰かけていた。

「粗野な下等生物が、この部屋を秘密を見破るとは大したものだ。何か褒美でも…グハッ!」

 立ち上がった紳士は、最後までしゃべることができなかった。

 大勢のアンデッドに囲まれ、いたぶり殺される冒険者。

 沼にはまり、徐々に沈んでいく恐怖にひきつっている冒険者。

 砂漠の高熱で、干からびていく冒険者。

 暗黒神殿のようなところで、冒険者たちの死体がアンデッドに変えられている様子。

 などが映し出されている水晶玉を見て、大きく舌打ちをし、つかつかと歩み寄ったレオンハルトが、紳士の顔面にストレートパンチを見舞ったからだ。顔面を強打されてうずくまる紳士を、レオンハルトは冷然と見下ろした。

「やっぱりお前か。また、こんなことをして喜んでいたのか。ゲスな死霊使いネクロマンサーが。やはり、あんな審問では生ぬるかったようだな」

「ね、死霊使いなんかではないわ!」

 鼻血でも出たのか。右手で顔を押さえながら紳士は立ち上がった。

「我輩は『真理』の大魔導アグラム。世界に名だたる大魔導の我輩にこんな無礼を働いてただで済むと…グハッ」

 また、最後まで話すことができなかった紳士は、再びレオンハルトからストレートパンチを食らって、ぶっ倒れる。そんな紳士を更に冷ややかな目でレオンハルトは見下ろした。

「何が大魔導だ。性根の腐ったインチキ死霊使いのくせに。おまえがラパングの村でやったこと、忘れたのか?卑怯な手を使って王国騎士を弱らせて、嘘八百並べて村人たちを騙して弱りきった騎士をぶちのめさせ、自国の騎士を私刑によって殺され、怒りきった王国軍に、村を殲滅させやがって。テメーの愚行が大聖堂にバレて、さんざん審問を受けただろうが!」

「ラパング?あぁ、忘れもしない。強者が弱者にいたぶられ、屈辱に歪む強者の表情、どうしようもない絶望に打ちひしがれる弱者の表情って、たまらないんだよ。そんな素晴らしいものが見られる上に、怒りと屈辱にまみれた騎士の死体と、絶望に満ち溢れた村人どもの死体も手に入る。我輩の崇高な趣向と実益を叶える素晴らしき一石二鳥を、ガキが偉そうに断罪して、神聖な我輩の体に聖痕なんかを刻みやがって。あの聖痕を解除するのが、どれだけ大変だったか…。って、何でラパングのこと、おまえが知っているんだ?」

「忘れたのか、その断罪をしたのが誰か」

「忘れるものか。何とかレンシェールという少年司祭だ。そこにいる、ガキだ!」

 アグラムと名乗った右手で顔を押さえた紳士は、あとからやって来て、水晶玉に映し出されている映像に顔をしかめていたコンラートを、左手で指差した。アグラムに指差されて睨まれたコンラートは、戸惑いの表情を浮かべた。

「えっ、僕、おじさんのことなんか知りませんよ」

「…はぇ?」

 自信満々で指差したのに否定され、アグラムも戸惑う。流れる気まずい雰囲気。そんな空気を打破したのは、咳払いをしたレオンハルトだった。

「20年以上も前の事件だ。どれだけ頭が悪いんだ、おまえは」

「たった20年ではないか。300年生きることを考えると、20年なんてほんの一瞬」

「魔人のおまえだったらそうだろう。だが、ヒューマンは違う」

「だからといって、あの恐ろしいばかりの神通力を持ったガキだぞ。見た目がそんなに変わるとは思えん」

「だあーっ!!ホントに、どあほうだな、おまえは!」

 レオンハルトはアグラムの胸ぐらを掴んだ。

「おまえを断罪したのは、わ・た・しだ!」

「は、は、はあぁぁ!?は、は、ハ、ワ、ハ、ハハハハーー!!!」

 アグラムは盛大に笑い出した。

「あの、綺麗で神通力に満ち溢れていた美少年が、20年経ったら、こんなみずぼらしくてキタナイおっさんになる?すごいなヒューマン。ケッサクだ。こんなサイコーな笑い話、初めてだ!」

 鼻血まみれの顔をさらけ出して、盛大に笑い転げるアグラム。キタネーキタネーを連発して笑いつづけるアグラムの醜態を睨み続けるレオンハルトの額に、青筋が浮かび上がってヒクヒクしていることに気づいたゲッツェルは、自分が審問の対象でないにも関わらず、顔面蒼白になった。

「う、うー。お、恐ろしい…」

 コンラートの背後にかがんで隠れるゲッツェル。コンラートは、そんなゲッツェルの頭をさすってなだめる。そんなゲッツェルに半分同情、半分嘲笑の表情を浮かべたイーリスは、ことの成り行きを見守る。グラクスも自然と「あの魔人、終わったな」とつぶやき、それを聞いたファーゼル.は大きく首肯した。

「ランスロット卿のお父さん怒らせたらどうなるか分からないなんて、あのおじさん頭ワルいのかなあ」

「うん、僕もそう思うよ」

 メイレンさんの意見に大賛成するコンラート。この中で一番ヒドいのは、果たして誰か?

 のんきに批評したメイレンさんは、突然レオンハルトから話を振られた。

「そういえばメイレンさん。確か『強制ギアス』という魔法があったと思うのだが?」

「聞いたことありますけど、それは古代語魔術ではなく暗黒魔法だったと思いますよ」

「ふーん、そうか」

 レオンハルトの視線は、メイレンさんからゲッツェルに移った。

「そういえば、ゲッツェルは暗黒魔法を使えるって言ってたよな」

 コンラートの後ろに隠れているゲッツェルはレオンハルトの視線を浴びて萎縮した。

「わ、我は確かに暗黒魔法『強制』を使えるけど、どうするつもりなんだ」

「このどあほうが、金輪際、魔法を使うことができないようにする」

 魔法使いに対する死刑執行書を平然と読み上げるレオンハルトに、ゲッツェルは震え上がった。

「そ、それはいくらなんでも、やりすぎなのでは…」

「これでも優しいと思うんだけどなあ」

 レオンハルトは微笑んだ。

「アンデッドを生み出すだけでも重罪。しかも、アンデッドの素材にするために、生者を死に追いやるなんて、殺人行為にも等しい。前回は聖痕を刻んで改心することを期待したのに、それすら裏切っての再犯行為。本来なら、大聖堂の名の元で、10日に亘る聖炎による火刑が相当なんだけど、あいにく私は審問官ではないからねえ」

 レオンハルトは、ゲラゲラ笑い続けるアグラムを蹴り飛ばした。

「こんなクズが人のために魔法を使うことは、金輪際あり得ない。なら、魔法という危険なものを使えなくする、くらいは当然だ」

「でも、どういう条件にするのだ。暗黒魔法『強制』は、条件を設定しないと、結果を出すことはできないぞ?」

「そんなの簡単だ。『魔方陣を出したら、息ができなくなる』ようにすればいい。呼吸できなくなると、うまく魔力を練ることができない」

「そ、そうか…。分かった」

 レオンハルトに蹴飛ばされて机に体を強打し、苦悶の表情を浮かべるアグラムに、憐れみの目を向けたゲッツェルは、静かに呪文を唱えた。暗黒魔法というだけあって、魔方陣の色も黒い。アグラムの足元に現れた魔方陣は、アグラムの体を通り抜けるように上昇し、アグラムの頭頂部を通り抜けたら消滅した。

「これで完了した。もう、アイツは魔法を使えない」

 ゲッツェルは、淡々と報告した。レオンハルトは満足そうにうなずいた。

「あぁ、ありがとうな。ところでその呪文の効果は、どのくらい持つんだ?」

「我が呪いを解かない限り続く。誰かに解いてもらおうとしても、我よりも魔導力の高いものは滅多にいないから、まず無理だろうな」

 それこそフェルのような本物の大魔導でないと難しいのだろう。アグラムに、そんな知り合いがいるとは到底思えない。レオンハルトは大きくうなずくと、アグラムの服を引き裂いて裸にすると椅子に座らせ、両腕を椅子の肘掛けに、両足を椅子の足に、縄で縛り付けて身動きできないようにした。

「これから、審問もどきを始めようか」

 レオンハルトは獰猛な笑みを浮かべた。


つづく

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