第13話 父と子と…(後)
居酒屋サンジョルジュ・ルリテーラ店で気持ちよくグラスを傾けていたレオンハルトとグラクスは、町中をつんざく轟音を聞くと、それぞれ愛用の武器を携えて店の外に出た。夕闇で暗くなった空が破壊を伴う閃光で不気味に明るくなり、明るい町の喧騒が破壊を伴う爆音で不気味に騒然となっていた。逃げまとう町の人々を押しのけてレオンハルトとグラクスは、町の平穏をぶち壊した原因を捜し求めた。小さな町とはいえ、そこそこの人口を抱えているので、人波を掻き分けるのも一苦労だ。なので、後ろからレオンハルトたちを追いかけていたコンラートとメイレンさんが、騒乱の原因に辿り着く前に追いついた。
「一体、何があったのですか?」
「さぁな。皆目見当がつかんから、原因を探しに来ているのだけど」
息子の問いかけにレオンハルトは、ぶっきらぼうに答えた。ぶたれた後なのに、息子が勇気を振り絞ってせっかく話しかけてきたのに、冷たい奴だ。そう思ったグラクスは、思ったこととは違うことを述べた。
「この感触、これまでさんざん戦ってきた人外のものではないか」
「さすがですね、グラクスさん。何か霊体の類であるのは、間違いないと思います。ですが…」
「……あふれ出る魔力が尋常じゃないわ」
コンラートの答えにメイレンが補足した。このピリピリとした感覚から、騒乱の原因が近くにいることは間違いない。レオンハルトは、物陰に隠れながらじわじわと距離を縮めていくよう皆に指示を出した。
そんな中、複数の馬のいななきと、兵士たちの者と思われる喚声が響き渡ってきた。おそらく、ルリテーラ守備隊が登場したのだろう。なんとも無用心な連中だなとレオンハルトが思ったそのとき、騒乱の原因に向けて怒鳴り声が響いた。
「物の怪の分際で、このルリテーラに災難を撒き散らすとは不届きな奴。成敗してくれる」
ついさっき、耳にした声だ。もう二度と会いたくないと思ったが、危険な現場を部下に任せ、自分は安全な屋敷の中で遊びほうけるのではなく、ちゃんと守備隊長らしく自ら前線に出てきたことには、レオンハルトは感心した。
いくつか、ひゅっという音が響く。守備隊の連中が矢を放ったのだろう。現場の戦闘がどうなっているのか確認したいので、レオンハルトたちはじわじわと距離を詰める。その間に、閃光を伴った爆音も響いてきた。そのたびに、いくつかの人の叫び声が響いてくる。さっきの威勢のよさに反して、戦況は守備隊にとって不利のようだ。
「おのれ、物の怪め。これならどうだ」
「おりゃあ」
「うぎゃああ」
バコーン、ドカーンという爆音とともに、様々な叫び声が響いてくる。物の怪と守備隊の戦闘が続いているうちに、レオンハルトたちはようやく戦況を確かめることができる場所まで辿り着いた。
「あ、あれは、ひょっとしてヘルゲイザーでは」
父のつぶやきに、コンラートが同調した。
「…それも、アンデッド化したヘルゲイザーです」
「へるげいざ?何じゃそりゃ」
このグラクスの問いに答えたのはメイレンさんだった。
「地獄の底をさ迷っている目玉です。地獄王の目玉とも魔竜の目玉とも言われていますが、正体は不明。ただ、呪文の詠唱をせずに
「と、とんでもない奴じゃな」
「しかも、アンデッド化しているので、普通の攻撃は全く通用しません。何であんな高等な魔物がこんなところにいるのでしょうか」
「その謎だけは分からず仕舞いだろうな。目玉だけで口が無いみたいだから、いくら拷問しても口を割らない」
メイレンさんの真剣な話につまらん洒落を言ったレオンハルトに、ため息とたくさんの冷たい視線が突き刺さった。
「ランスロット卿、ここはアホ一人だけに任せて、ワシらは宿でゆっくり疲れを癒そうではないか」
「賛成。こんなことなら来なければよかったわ」
グラクスとメイレンが背を向けようとするのを、レオンハルトは慌てて制止した。
「悪かった。私が悪かった。頼むから一人にしないでくれ」
「なら、もうつまらんことを言うなよ」
「分かった。もう言わない」
おいレオンハルト、ランスロット卿がますます疑惑の目になっているぞ。父親の威厳、大丈夫か?
爆音やら叫び声が響く中、レオンハルトたちの前に一人の男が転がり込んできた。キーツだ。自慢の顔と甲冑は砂埃で薄汚れ、しかも左腕はヘルゲイザーによって石化されてしまっており、肘より下は折れてなくなっていた。キーツの姿を確認すると同時に、メイレンさんは何やら呪文を唱え始めたが、誰もそれに気付かず泡を吹きながら震えるキーツにレオンハルトたちの視線は集中した。キーツの目は、焦点が合っていないようだった。
「……どなたか分かりませんが、どうか、どうか助けてもらえませんか」
これまでレオンハルトのことをさんざんコケにしてきたキーツに対し、どんな態度を取るのか、メイレンは気になった。レオンハルトは無様な姿となったキーツをしばらく眺めると、立ち上がって鞘から剣を抜き放った。
「このままだと、おちおち寝てもいられない。物の怪退治はしてやるから、安心して気を失っていろ」
「あっ、ありがとうござい…」
言い終わる前にキーツは気を失った。ちょうどそのとき、レオンハルトたちの前にキーツを追っていたアンデッドヘルゲイザーが現れた。アンデッドヘルゲイザーは、ヘルファイアを飛ばしてきた。地獄の業火というだけあって巨大な炎の固まりだ。だが、地獄の業火はレオンハルトたちにぶち当たる前に光の壁にぶつかり、爆音とともに炎の固まりは四散した。
「魔障壁!」
メイレンさんが唱えていたのは、魔法攻撃を防ぐ呪文だった。習得が困難とされる古代語魔術だ。呪文の正体を知っているコンラートは、メイレンがこんなに高度な魔法を使えることに驚いた。そして、もう一つの出来事にも驚いた。両手で剣を構えながら魔障壁を抜け突進する父の姿に。アンデッドヘルゲイザーはレオンハルトに向かってどす黒い光を放った。それがぶつかる前に、レオンハルトは剣でどす黒い光を切り裂き、そのままヘルゲイザーを真っ二つに切り裂いた。
「………!!」
この世のものとは思えない超音波のようなものが、周囲に渦巻く。ヘルゲイザーの断末魔の叫びか。通常のヘルゲイザーであれば、これで死んでしまうだろう。だが、こいつはアンデッド化している。それに気付いているコンラートは、父の勇敢な姿を心に刻み込むと意を決して愛剣アロンダイトを鞘走り、剣を振り上げ目を閉じて短く呪文を唱えると、カッと目を見開いてアンデッドヘルゲイザーを睨みつけて剣を振り下ろした。
「神剣奥義“聖界来迎”」
聖剣アロンダイトから青白い光が現れ、それが剣閃となってアンデッドヘルゲイザーに向かって飛び出した。青白い光の剣はアンデッドヘルゲイザーにぶつかると、アンデッドヘルゲイザーを包み込み、聖なる炎で完全に焼き尽くした。
周囲に猛威を振るった超音波は、ようやく止んだ。恐ろしい災厄が去ったのだが、レオンハルトたち以外の人々は、あまりの出来事に我を忘れて呆然としていた。
「クルト、何とかなりそうか?」
レオンハルトは、息子にキーツの腕を治療するよう指示を出していた。父を侮辱しまくっていた男を何故治療しなければならないんだという反発心があったが、拒絶を許さない父にコンラートは気圧されてしまった。しぶしぶ、キーツの左腕の石化を解く。そして傷口の状態を確認。痛んでいない、いわゆる腐敗や細菌に汚染されていないことを確認すると復元の魔法をかけた。
コンラートが気を失っているキーツの治療に当たっていると、生き残った守備隊の面々が町を救った英雄のところに集まってきた。守備隊の一人が声を上げた。
「ひょっとして、あなた様はレオンハルト卿ではありませんか」
「いかにも、そうだが」
レオンハルトは、振り返って声の主を確認した。二十代前半の騎士のようだが、日が翳ってしまっているせいもあって誰だか分からなかった。声の主は右拳を自分の胸に当て、レオンハルトに敬礼した。
「私はハルシュタット騎士団百人長待遇、ルリテーラ守備隊副隊長のイルッカと申します。この度は、ルリテーラの危機、そしてキーツ隊長の命を救って下さり、誠にありがとうございました。レオンハルト卿の勇猛、そして度量の深さには、感激するばかりです。レオンハルト卿を目指して訓練を重ねてきたつもりでしたが、力が及びませんでした」
「いや、仲間がいたから退治できたのであって、私一人の力ではない。イルッカさん、そこまで自分を卑下することはないよ」
「いえ、仲間たちが犠牲になる姿を目の当たりにして、腰が引けてしまったのは事実です。レオンハルト卿がいらっしゃらなかったら、きっと我々は全滅していました。町を代表して、改めてレオンハルト卿に感謝を申し上げます」
敬礼の姿のままレオンハルトに頭を下げると、イルッカはキーツの治療に当たっているコンラートの元に向かった。
「コンラート卿、君にも世話になった。ありがとう」
「と、とんでもありません。私は父の後押しをしただけです」
立ち上がって先輩に礼を尽くすべきだが、キーツの治療中のため顔だけ向け、コンラートはイルッカに頭を下げた。イルッカは微笑んだ。
「そうか。それがちゃんと分かっているのだったら、君は立派な騎士になれるよ」
「どういうことでしょうか」
「レオンハルト卿は、騎士団の生え抜きで有力な後ろ盾さえあれば、すでに騎士団長になって貴族に列せられたであろうお方だ。あれほど勇敢で度量の深い人は、そうそういるものではない。短い間だったが、レオンハルト卿から私はいろいろなことを学んだ。きっと教わることは沢山ある。同じ百人長だが、人生の先輩としてアドバイスしておくよ」
「ありがとうございます」
「それじゃ、私は負傷した部下たちの面倒を見なければならないから、これにて失礼するよ」
イルッカは改めてレオンハルトに敬礼すると、この場から立ち去った。イルッカが立ち去るのを確認すると、グラクスは右ひじで軽くレオンハルトを突っついた。
「おぬしにも少しは人望があったのか」
「私に人望があるのが、そんなに意外か?」
「当たり前じゃ。きっとイーリスも同じことを言うと思うぞ」
「何だか腑に落ちないが、まぁいいか」
レオンハルトとグラクスがこんな話をしている一方、キーツの治療をしているコンラートは、傍にいるメイレンに話しかけた。
「メイレンさん、お父様が言っていたこと、少し分かったような気がするよ」
「どういうこと?」
不思議そうに見つめるメイレンにコンラートは微笑んだ。
「自分が正しいと思う道を歩んでいれば、見る人はちゃんと見てくれる。どうでもいい人の目を気にして、それに囚われていては、きっとダメなんだ。僕は、そんなどうでもいい人の目を気にし過ぎたから怒られた。反省しなきゃ」
「そうね。そうかもね」
メイレンも微笑んだ。そんな二人を祝福するかのように、満天の星が煌いていた。騒乱は収まり、ルリテーラの町は平穏を取り戻しつつあった。
つづく
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