2-4
「パントはいるか? サニョン・ロードウィードの紹介で来た」
アンナが言う。大声で怒鳴るように喋ってもどこか品があるのはこの女の少ない長所だ。
入ってすぐ横では男が一人潰れている。この時間帯で既にこの有様だ。先は長くないだろう。手元には空のグラス。
テーブルは四つ。平均的な広さ。誰も座っていないが、そのうち二つには、皿とグラスが置いてあった。食べかすで汚れている。昨晩の残りがそのままあるのか。小蝿が飛んでいる。
「パントなら奥だよ」と横で潰れている男が呟いた。目を閉じて俯いたままうわ言のように喋る。典型的な酔っ払いだ。「あー、カウンターを叩けば出てくる」
アンナがカウンターを叩いた。「パント、出てこい。サニョン・ロードウィードの親友がやってきたぞ」
親友? 確かに拳を交わした仲だが、あんな奴が親友だなんて思いたくないし、アンナとも親友になんてなりたくない。エリオットは黙って天井を見上げる。血痕か。この店では喧嘩沙汰も多いのか。かまどの火は消えて、鍋には固まった油。隅には埃とカスが溜まっている。
「なんだ、お前」
パントが出てきた。細い長身長髪の男だった。右頬から首、肩まで青い刺青が入っている。眼光は鋭く、やはり居酒屋の亭主というよりも盗賊一味といった感じだった。身体に染みこんだ生き様は、仕事を変えた程度じゃ抜けない。
「飲みに来た」とアンナ。
相変わらず自信たっぷりに嘘を吐く。
「そっちもか?」
パントが言った。
「もちろん」
エリオットは答えた。
「どっちも嘘吐きやがって。帰れ」
「帰らない。サニョン・ロードウィードの紹介だ」
アンナが言った。
モロウ・リー盗賊団のナイフをカウンターに突き刺した。
「関係ないね」
パントは言った。うんざりしている感じだった。
「助けて欲しいんだ。難しいことじゃない」
エリオットは言った。
「俺は抜けた。何も知らない」
「飲む、酒を出せ」
アンナが金貨を出した。
「ビールか? ワインか?」
パントが言った。
「ビール」とエリオットが答える。
「ただ酒には反応が早いな」とアンナ。
「出すとは言ってない」
パントが言う。
「どうやって盗賊団を抜けた? 出入り自由なのか?」
難しい相手だ。アンナに任せていると暴力で解決しか見えないので、エリオットがパントに話題を向ける。
「そんなに緩くない」とパント。
「けどあんたはやってのけた。今じゃこの店の主だ」
「クソみたいな店だ」
「簡単じゃないんだろ?」
「ランガーが殺されたのさ。俺の相棒だよ」
サニョンの兄貴だ。「あいつは卑劣な罠にかかって死んだ。俺はデイジーに許可を貰って仇討ちの旅に出た」
「一味から抜けて旅に?」
「サニョンから聞かなかったのか?」
パントが言った。
「あのデブは早口で何言ってるかわからない」とアンナ。
「確かにそうだな」
パントはサニョンのことを思い出したのか笑いを吹き出した。「とにかく俺は仇討ちのために出た。ランガーの仇をとって戻っても戻るところはない。だが俺は出たし、デイジーは俺のために許可を出してくれた。仲間たちとの別行動を許してくれた。俺はランガーの仇討ちをして、そして戻らなかった」
「デイジーはいい奴だな」
「最低だよ。最低の女だった。だけどデイジーはしっかりと心得てた。盗むってこと、盗品を捌くってこと、そして俺たち仲間のこと。しっかりと心得て、全てを把握していた。デイジーは俺が何をしたいか。仲間たちがどう思ってるか。誰が何をすべきかわかっていたんだ。だから俺がランガーの仇討ちに出ることを許可してくれた。仲間の誰も止めなかった。誰もが俺こそ相応しいと思ってたからだ。デイジーはそういうこともしっかりわかってた――。俺たちはならず者じゃなかった。秩序があった。秩序のある集団だった」
「だけどデイジーは処刑された。この街で」
「何が言いたい?」とパント。
「皮肉に聞こえたのか?」
「嫌味を言いにきたってことかよ」
「デイジーのいなくなった盗賊団は秩序がなくなってる。どう思う?」
「知るかよ。俺はもう一味じゃない」
「司祭と女が誘拐された。モロウ・リー盗賊団に。俺たちは司祭を助けたい。力を貸してくれ」
「誘拐?」
「新事業らしい」とアンナ。
「そんなはずない。俺たちは人攫いをして身代金を取るような真似はしない」
パントは言った。「俺たちは盗むだけだ。人には手を出さない」
「時代は変わる。事実だよ」
「クソ」とパントは悪態を吐く。「やっぱり――」
パントがこっちに興味を持った。
「話が早いところを見ると心当たりはあったんだな?」
エリオットは聞いた。
「さぁな」
パントはしらばっくれる。だがきっとこの男はモロウ・リー盗賊団の変化に気づいていた。そして変化を快く思っていない。「あんたらは何者だ?」
「自由の使者」とアンナ。
「またはラナ様の使い」とエリオットが続ける。
「今度も嘘か」
パントが微笑んだ。「ビールを飲め」
ビールが出てきた。
「本当に、うちの盗賊団が誘拐をしたのか?」
パントが確認する。
「間違いない。現場にこのナイフが落ちてた」とアンナ。「あんたも持ってるんだろ?」
「俺のはデイジーに返した」
パントは「いいか?」とナイフを手に取る。「偽物じゃないな」
「お墨付きを得られたな」
エリオットはアンナに言った。
「お前は子供か」とアンナ。
「これは秩序の問題だ。俺たちは秩序を重んじていた」
パントがアンナにナイフを返す。「だから俺たちは仲間だった」
「深刻な悩みか?」
アンナが言った。「秩序の崩壊は」
「深刻だ」
「新しい団長は誰か知ってるか?」
「いや、そこまでは。だが変わったのは知ってる」
「まだ連絡を取ってるのか?」とアンナ。
「最近、奴らは街に来た。何人かはこの店にも来た。それだけだ」
「様子は?」
「俺はもう部外者だ。対外的な態度だったよ。中のことはわからない。だけど――」
「なんだ?」とエリオット。
「新しい団員が入った。それも大勢、みたいな話はしていた」
「なるほどな」
アンナが頷く。
何を考えているかはエリオットにもわかった。
常に秩序を乱すのは新入りだ。新しい団長の肝いりで入った奴らが混乱を持ち込んでいるのだろう。
「誘拐された司祭と女には、助ける価値はあるのか?」
パントが言った。
惑星の書のことを話すべきか。エリオットが迷っているとアンナが答える。
「司祭は長老派の大幹部だ。ミッドガルドの最大派閥と戦争するか?」
「それは不味いな」とパント。「うちの奴らはそれを知ってるのか、クソ」
パントはさらに続ける。「身代金の要求はあったのか?」
「ない。まだ事実は公にもなっていない」
モロウ・リー盗賊団はあくまで盗人集団。過去の聖杯戦争で戦闘経験のある長老派のロードス騎士団とやりあったら壊滅するのは目に見えている。
パントは仲たがいをしてモロウ・リー盗賊団を抜けたわけじゃない。まだ心は仲間を思っている。もう一押しで盗賊団に会える。
「俺たちは全てを穏便に解決するために派遣された」とエリオットが言った。
「パント、盗賊団に連絡を取れ。まだこの街にいるんだろ? サニョルが言ってた。エリスタからこっちに移動した、と」
「あぁ。確かにそうだ。デイジーを助けるためにこっちに来たんだ。デイジーは結局、処刑されたが、仲間はまだ郊外にいる」
「会わせろ。仲間を壊滅させたくないだろ?」
結局、アンナからは脅迫めいた言葉しか出てこない。
「あんたらはふざけてるな。盗賊団だぞ。会いたいと言えば会える相手じゃない」
「秩序の乱れた誘拐団になった。しかも壊滅の危機に瀕している」
アンナはビールの入ったグラスをどける。「だが私たちはとっても優しい。なんてたって毎日ラナ様に祈る宗教大好き人間だからな。こうしてお前ら極悪非道な盗賊団に生き残る機会を与えてる。考えろ」
「あんたらどこに宿を取った」とパント。
「聖グランディエ教会にいる」
「わかった。連絡する。待っててくれ」
パントが言った。
「早くしろよ」
返事はない。
店を出た。
■
一旦教会へ戻り、再び睡眠を取った。
日付が変わる頃、エリオットの部屋の扉が叩かれた。
叩き方で誰が扉の向こうにいるかわかる。扉が破壊される前に、開いた。
「パントから連絡が来た。行くぞ」
アンナが立っていた。
「さすが盗賊だな。こんな夜中に会うのか」とエリオット。
「健全だ。昼間に働く奴は盗みなんてしない」
「待ち合わせ場所は?」
「郊外の旅籠だ。オルソンに聞いたところ今は廃墟ということだ」
「いかにも盗賊が出城にしそうだな」
「つべこべ言うな。行くぞ」
「行かないって言ったか?」
「言ってない。だがつべこべ言った」
「つべこべ」
「死ね」
「いつか死ぬ。あんたと違ってな」
外套を羽織った
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます