5-7
身体の汚れを叩いて落とし、ニーナの元へ。
「どうしてここが」
先に質問したのはエリオットだった。
「尾行したの」とニーナ。
「尾行なんていなかった」とエリオット。「そうだろ? アンナ」
「いや、途中までいたぞ」
アンナが言った。
「なんで教えてくれないんだ」
「ニーナだったから。それに途中で消えた」
「そう、途中までは尾行してた。けど私、迷子になって。ま、それがかえって良かったみたい。意図せぬかく乱になったっていうかさ」
「かく乱? 迷子で尾行は中断の? で、その後は? 結局、俺たちに追いついたろ?」
エリオットは呆れる。
「その前に言うことあるでしょ? 誰かな? 瓦礫の下に埋まってた人は?」
「ありがとう、ニーナ」
アンナが先に言った。「本当に助かった」
「どうも」
エリオットは呟いた。
「ありがとう、は?」とニーナ。「そんなに私に借りを作りたくないの?」
「ありがとう。これで満足か?」
「そういう態度。よくないよ。全然、満足できない。もう一回言うべき」
「言わない。もう言わない。で、どうやって俺たちに追いついたんだよ」
「迷子になって彷徨ってたら、馬の足跡を見つけた。二頭分。すぐにピンと来て、追跡したらここよ」
「運が良いな」とアンナ。
「そう。私、運が良いの。それで追いかけてきたら瓦礫の下から聞き覚えのある素直に感謝の言葉を口に出来ない男の声がするからさ、すごく嫌だったけど、見捨てるのも薄情だし、慈善活動の一環で助けてあげたってわけ。で、このままどこへ行くの?」
「ニーナ。お前は来なくていい」
エリオットは言った。
「無理な相談。ここまで来たんだもん。私も行く。連れて行って、きっと役に立つ」
「危険だ」
「馬が必要でしょ? この三頭は私の馬なの。私が帰れば、馬も帰る」
「らしいぞ、エリオット」
アンナが言った。まるで興味がなさそうだ。「さっさと決めてくれ」
「これから行くのはモロウ・リー盗賊団のアジトだ。いいのか?」
「知り合いだったの?」とニーナ。
「知り合うために行く。まだお互い知らないことのほうが多い」
「馬車に乗って。方向の指示だけくれれば走らせるから」
ニーナが馬に乗り、手綱を握った。
エリオットとアンナは馬車に乗った。
■
迂回して崖を越えてから、再び車輪の跡を追って、半日ほど馬車を走らせた。
再び夜になる。
「ここでいい。止めろ」
アンナが言った。その言葉の意味は、エリオットとニーナにもわかっていた。
丘の影に馬車が止まる。エリオット、アンナ、ニーナの三人は馬車を降りて、丘の上でうつ伏せになった。丁度、木の根元あたりだった。虫の鳴く声が聞こえる。目を凝らした。
向こうには炎と幾筋かの煙が見える。切り立った山肌に炎の灯りに映し出された影。
「あの山がモロウ・リー盗賊団のアジトか?」とエリオット。
丘から見る限り、貴族らしい洗練された人間の姿はない。暴力と略奪、計算の出来ない大きいだけの頭を持った野蛮人たちの姿ならあった。山の下には、厩、作業場、井戸、小屋が見える。
「山全体がそうなの?」
ニーナが続いた。「すごいね」
「感心してる場合か。潜入するぞ」とアンナ。
「まぁそれしかないよな。そうなるよな」
エリオットは納得する。「どうする?」
丘からアジトのある山まで、遮蔽物は何一つない。ただの荒野だった。このまま近づいていっても的になるだけだ。
「突っ込むぞ」とアンナ。
「いや、待て。待てよ」
エリオットは止めた。「もっと考えよう。それは潜入じゃない」
「山の反対側に回り込むのは?」
ニーナが言った。「大分、迂回しなくちゃいけないけど、価値はあると思う」
「それに決まりだ」
アンナは立ち上がった。エリオットとニーナも続く。
振り返る。
男が二人いた。金の勘定も出来なさそうな奴らだった。腕には刺青と腕輪。頭巾を被りボロを纏っている。窪んだ不健康そうな目に黄色い歯。双子のようによく似ていた。
「お前ら、こんなとこで何してる」と右の男が言った。
抜いたナイフには刻印。
「あんたらモロウ・リー盗賊団か?」
エリオットが聞いた。
「そうだ」と左の男が答えた。「それを聞いてどうする」
監視の目がここまで届いているのか。
「アンナ――」とエリオット。「こいつらを使おう」
「迂回の手間が省けたな」
アンナが拳を撫でた。「お前らは仕事熱心だが運が悪い」
「どういう意味だよ」
凄む男たち。「意味わかんねぇこと言ってると殺すぞ」
「まぁ、意味わかること言っても殺すけどな」ともう一人の男が笑った。
「いや、実は俺たちも盗みを働くんだ」とエリオット。
「その服を寄越せ、クソ野郎」
アンナとエリオットは盗賊二人の服を奪った。
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