5-8
「埋める必要あったの?」
ニーナが言った。
身包みを剥がした盗賊たちを顔だけ出して地面に埋めた。叫ばれると困るので、口には砂を押し込んだ。
「殺すなって言うから」とエリオット。「埋めた」
「悲しいことに話し合いで解決できる相手ではなかった」
アンナも続く。「文明社会は死んだんだ」
「話そうともしてなかったけど」とニーナ。「すぐ殴ってた」
「よく見てるな」とアンナ。
「褒めてくれてありがとう」
埋められた盗賊たちが鼻の奥を鳴らして、必死に何かを訴えてきている。
「静かにしろ」
アンナは側頭部を蹴った。「鼻にも土を詰めろ」
「そしたら死ぬ」
エリオットが言った。
「もちろん」とアンナ。
奪った服を着て、手袋を嵌めている。
「あー、怖い怖い。なぁ、ニーナ。どう? 盗賊っぽいかな?」とエリオット。既に着替えは終わっていた。「俺って品が良いから、そういうの滲み出てない? 盗賊らしからぬ気品みたいなもの感じない?」
「全然」
ニーナが言った。「全くもって何も滲んでないから。感じない」
「おかしいな」
「おかしくない」
アンナにケツを叩かれる。「お前は何を着てもいつもお前だ」
アンナのほうは決まっていた。どこからどう見ても女盗賊そのものだった。
「ねぇもしかして私は留守番?」とニーナ。「盗賊の服、二着しないなって薄々気づいてたんだけど」
「逃げるときの馬がいる。合図したら来てくれ」
アンナが頭巾を被った。顔の凹凸が影に潜んだ。「エリオット、行くぞ」
盗賊のアジトへ向かう。
■
山の麓。柵に囲まれた作業場に近づく。
薪を割っていた男がエリオットとアンナに気づいた。
「偵察帰りか?」と男が言った。
くぐもった声で何を言っているか分かり辛い。もしかしたら酔っ払っているのかもしれない。薪割り用の斧を持っている。
「あぁ」とエリオット。アンナは隣で黙っている。
柵を開け、中へ。
「アントーニオが戻ってるから、上には行かねぇほうがいいぜ。あいつはおかしい」
薪割りの男が言った。頭を指で叩く。新団長の評判はよくないらしい。
「ありがとな」
エリオットとアンナは薪割り男の横を通り過ぎようとする。
「おい、待てよ」と薪割り男。
聞こえない振りをして背中を向けたまま歩いた。
「待てって。お二人さん」
しつこい。
だが面倒は避けたい。もうここは盗賊たちの巣だ。
「なんだよ」
エリオットは振り返った。
アンナは黙って俯いている。
「酒を造ったんだ。一杯飲まないか? 味見をして欲しい」
薪割りの男は、物陰から瓶を取り出した。
「器用だな。けど急いでるんだ。遠慮する」
「いいから、飲めよ。一回失敗してから、誰も味見をしてくれなくなったんだ。今度はちゃんと酵母を厳選した。時間を掛けて発酵させたし、味は保証する」
「一杯だけだ」
アンナが答えた。「不味かったら承知しない」
「そうこなくちゃな。今、用意する」
薪割りの男は嬉しそうに言った。
グラスはないのか、小皿に酒が注がれた。小麦色の液体。薪割りの男の太い指からは毛が生えていた。
「さぁ、飲め。まずそっちからだ」
アンナが小皿を受取った。
すぐに飲み干す。
「うまいか?」
「まぁまぁだな」とアンナ。
顔はそう言っていない、不味いのだ。
「そうか。なら上出来だ。あと、あんたら、ロベルトとサンダースを呼んできてくれないか? あいつらにも酒を飲ませる約束をしていたんだ」と薪割りの男。
「上にいるのか?」
エリオットは尋ねる。
「あぁ。そうだ」
「わかった。呼んでくる」
「てめぇら何者だ」
突然、薪割り男の声色が変わった。「ロベルトとサンダースはさっき死んだ。デイジーの死体を取り戻すときに気味悪い仮面の奴らに殺されたんだよ」
「誤解だ。聞き間違えた。別人かと思ったんだ」とエリオット。
だがもう遅い。わかっていた。
「もう下手な嘘はいい」
薪割りの男は斧をエリオットの頭部に振り下ろす。躊躇いがない。
「クソ。なんでこうなるんだよ」
斧を横っ飛びで交わす。
うまくいかない。
「突然、柵の向こうから現れたら怪しいに決まってるだろがぁ」と薪割り男は斧を振り回した。
アンナは小皿を薪割り男の顔面めがけて投げつける。命中。薪割り男がよろめいた。エリオットはすかさず薪を手に取り、男の顎に向けて振り回す。骨が砕ける音。顎が割れた。
「二対一だぞ」とアンナ。薪割り男が落とした斧を奪う。エリオットとアンナで、薪割り男を壁際に追いやった。
「二対一? どうかな?」
薪割り男が笑った。
壁に張られていたロープを引っ張る。鈴が鳴った。山肌にロープは張り巡らされていた。至る場所で鈴がなっている。ロープに結ばれていた。
「祝福のベルじゃなさそうだな」とエリオット。
「緊急事態の祝福のベルでもなさそうだ」とアンナが続ける。
「これはただの緊急事態を知らせるベルだ」
薪割り男が得意そうに言った。まだロープを揺らして、鈴を鳴らし続けている。
足音、男たちの声が響いてきた。盗賊のアジト内が騒がしくなっていくのがわかる。
「もういい。黙れ」
アンナが斧を投げた。額に突き刺さる。薪割り男が目をひん剥いて倒れた。
「エリオット、行くぞ」
「すぐやれよ。そうすればこんなことにならなかった」
「文句か?」
「いや違う。これは二人の責任だ。だから俺に向けて言っている言葉でもある。言い聞かせてるんだよ、自分に」
「そうだな。わかってくれて嬉しいよ」
アジトの中へ入った。
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