5-9
山の内部に張り巡らされた洞窟がモロウ・リー盗賊団のアジトだった。人の手が加えられてもいるが、多くの場所は天然に近い。
緊急事態を告げる鈴がなり、内部は騒然としていた。男たちが叫び、武器を取って警戒している。
「侵入者を探せ」
「見つけ次第、ぶっ殺す」
「処刑だ、処刑」
「隣にいる奴が知らない奴ならぶん殴れ」
「とにかくやばい奴を見つけたら報告しろ」
盗賊たちは興奮していた。
「アントーニオは上だろ?」とエリオット。
酒樽の影で殺気立つ男たちをやり過ごす。
洞窟だからか通路は狭い。人がすれ違うのもやっとな幅しかない。
「行くぞ、いまだ」
目の前にある階段へ突っ走った。これが上のどこに通じているかなんてわからない。
階段の上には男がいる。目が合う。
「どうだろ?」とエリオット。「人相書きはまだ出回ってないはずだけど」
「今から上に用事があるのか?」
男が言った。「お前ら見ない顔だし――」
「勘がいい奴だ」
アンナは男に突っ込んだ。階段の踊り場で、アンナが男に馬乗りになった。殴り捲くっている。「先に行け」
エリオットは脇を抜けて先へ。今度は急斜面だった。さらに上へいく。
「これだから天然洞窟は嫌なんだ」
空間が開けた。食堂のような場所だ。テーブルの上にあったりんごを引っ手繰り先へ。走りを止めてはいけない。台所を抜け、上への通路を探す。梯子があった。上っていき、押し扉を開いた。冷たい空気が流れてくる。夜空だ。洞窟を抜けて、山頂付近に出た。
「なんだ、これ」
外に出る。
祭壇があった。顔は鳥、身体は女体、足は蛇のように渦巻く、異様な獣の石像が中央に祭られている。何十もの蝋燭が、祭壇を囲んでいた。等間隔に並び、一つも火が消えていない。
「そのりんご、どうした?」と後ろから声をかけられた。
アンナが追いついた。
「食べかけだけどいる?」
「いらない」
「聞いてくるから欲しいのかと思った」
一口齧る。
「これはなんだ?」
「知らない。だけどやばい感じはする。この流れ、気づいたか? 妖しい瘴気が流れてる」
「感じるのか?」
「俺たち首切りが使う魔術によく似てる」とエリオット。
「あの中央にいる奴が使ってるんじゃないのか?」
アンナが指差した祭壇の中央には棺、その手前には跪いて祈りを捧げる男の背中があった。
アントーニオだ。
「おい、祈るのを止めろ」
エリオットが食べかけのりんごを投げつけた。
アントーニオに届く前に、破裂した。
「障壁だ。ちなみにこれは結構、マジの言葉だ」
「深刻か?」
「近づけない」
「いや、けど行くしかない」
アンナが肩から突っ込んだ。
障壁にぶつかる。障壁に触れた右肩が破裂した。肉が焼けただれている。
「言わんこっちゃない」とエリオット。
「結構、痛むな」
アンナの肩はそう言っている間にも回復していく。
障壁の向こうにいるアントーニオが立ち上がった。
「司祭様が祈り終わったぞ」とアンナ。
「こっちを向いた」
エリオットが軽く手を振る。
祭壇を囲む蝋燭の炎が一斉に消えた。
「すごい。これが俺の魔力か」と自分の手を見るエリオット。
「違う」
アンナがエリオットに言った。「儀式は次の段階に入ったみたいだ」
紫の瘴気が山頂全体を取り囲み、巡廻しはじめる。アントーニオは祭壇に背を向けたまま両手を広げて、大きな呼吸をした。
瘴気の巡廻が早くなる。
「風の圧がやばいぞ」
「ふんばれ、エリオット」
祭壇の奇妙な獣の象が光り始めた。
山全体が揺れ、軋んでいるのか、何かが崩れる音がする。
「なんでアントーニオは何も言わないんだ。ずっと黙ってる」
エリオットが叫んだ。
「無口な奴なんだろ」
瘴気の巡廻はさらに強くなり、地響きは続く。アントーニオが広げていた両手を胸の前に持ってきた。
「やばい、やばい」とエリオット。「あぁいう思わせぶりな動きはよくない」
巡廻する瘴気が縮まり、迫ってくる。
「ふざけるなよ」とアンナ。
祭壇が壊れて、破片が飛んできた。
石像の光は強まり、目を開けているのが困難になった。
「クソったれ」
光と瘴気が一気に収縮し、地響きが収まった。
「終わったのか――」
エリオットは目を開いた。
「待て」とアンナ。
その言葉とほぼ同時に、光と瘴気の爆発が起きた。
二人は吹っ飛んだ。
「デイジー」
姉の名を呼ぶアントーニオの声が聞こえた。「生き返ったんだね」
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