3-5
拷問部屋の奥にあるのは牢屋だと決まっている。ここも同じだった。三つの檻がある。
火の手はここまで回ってきていない。だが煙は充満していた。払いながら、檻の中を確認する。
「誰ですか?」
女の声。手前の檻からだった。
「徳を積んだ者です」とエリオット。「さっきの聞こえてなかった?」
返事はない。どうやら冗談に対応する気力がないようだ。
「コリーン。誰か来たのか?」
隣の檻から男の声がする。
コリーンと呼ぶ男。
アンナの顔を見た。
ここだ。正解だ。
「こいつがコリーンで、そっちは――」とエリオット。
「トマスだな?」とアンナが続く。
隣の檻へ。
染みだらけのボロを着た丸っこい男がいた。
「おい、トマス」
アンナが言った。
「はい」と怯えが含まれる声色だった。
まだ丸い体を維持は出来ているが顔色も悪いし、頬も僅かだがこけている。
「俺はお前を追ってきた」とエリオット。
ここまで遠かった――。
「惑星の書を返せ、クソ野郎」とアンナ。
「それ俺が言いたかったのに」
エリオットが呟く。
「あぁ――。あぁ――」
トマスは喉を絞り、とても小さな声で泣き出した。「私は――、なんてことを――」
「こいつ」
アンナが舌打ちした。「子供じゃないんだぞ」
「どうやら小心者みたいだな」とエリオット。
犯した罪の重圧に耐えられない性質だ。
この手の犯罪者は何度も見てきた。
こんな惨めな顔を見なきゃいけないなら、まだ男前のほうがよかった。
「泣いても何も解決しない」
アンナが言った。「お前が盗んだ物を返せ、バカタレ」
檻がなければトマスはぶん殴られていただろう。
「ここにはないんです」
敬語は正しい選択だ。
「トマス、トマス。大丈夫なの?」と隣の檻からコリーンが言った。
「死ね、黙ってろ。うるさいんだよ、ブス」
すかさずアンナが言った。
エリオットが隣の檻に顔を出し、人差し指を口に当てて、静かに、とコリーンに送った。
「どこにある」とアンナ。
「持っていかれた。私が持ってきて、また持っていかれた」
「何いってんだ、こいつ」とエリオット。
「お前も黙ってろ」
アンナが言った。「トマス、だからどこだ。どこに持っていかれた」
「ニベス会だ。ニベス会の男が来て、盗賊たちから惑星の書を受け取った。そして消えた」
消えてしまいそうな声。乱れる呼吸。鼻を啜りながら喋るトマスの全てが苛立ちの原因だった。
「ニベス会?」とエリオット。
「また面倒な奴らが出てきたな」
アンナの言っていることはわかった。
ニベス会は宗教秘密結社だ。どこかに篭ってこそこそ何かを祈っている奴ら。「それじゃ惑星の書は、今現在、ニベス会のとこにあるってことか?」
アンナが檻に手をかけた。怒りか。手が震えている。
「そうです。だけどしょうがなかったんです。コリーンを誘拐されて、彼女を守るには、惑星の書を盗みだす以外になかった」
「脅されていたのか?」とエリオット。
「はい。あの夜――」
ここでトマスが言いよどむ。
「もういいだろ。全部吐け。お前は犯罪者なんだ。一つの罪も二つの罪も同じだぞ」
「私は――、コリーンと密会していたんです。ウトラというコリーンの村の外れにある廃屋でした。私たちはいつもそこで会っていたんです。そしてあの夜に、盗賊が来たんです。私たちは襲われ、コリーンは連れ去られました。盗賊は私に、コリーンの命を守りたければ、ローゼンベルク修道院にある惑星の書を持って来いといわれました」
「それで盗んだのか?」とエリオット。
「はい」
「盗賊の才能があるな」
なるほど。エリオットとアンナの描いた絵の通りだ。「どうやって盗んだ?」
「私は幹部候補です。信用もあった。入れる部屋も多い。だから鍵を手に入れるのは簡単でした。それに私はあの晩、見つけたんです――」
「なにを?」
「隠し通路です。首尾よく魔導具の保管室に入れましたが、戻るときに守衛がやってきたんです。一本道でした。私は終わりを予感し、壁に背中を預けました。そのとき、壁が回転したのです。隠し戸になっていたんです。通路は暗かったですが、必死に歩いて、外に出れました。ローゼンベルク修道院から西、ソリトール川にある四本柳の下に出たんです」
「あそこはの地下は遺跡だ。未開の部分も多い。今まで隠し戸の存在は誰にも知られてなかったんだろうな」とエリオット。
「えぇ。私はあの晩、悪魔に導かれたんです」
トマスが言った。
「よし。もうわかった。トマス、お前も気づいていると思うが私はルーベンの依頼でここにいる。依頼は二つ。惑星の書の回収と、もう一つはトマス・ピシューゲルの殺害」
トマスの顔色が白くなった。
「お前の名前はトマス・ピシューゲル。残念だな」
アンナの握った鉄の檻が曲がっていく。
トマスは目にする光景の異様さに意見を察知したのか、距離を取ろうと隅へ下がっていく。
鉄の棒が砕けた。酷く大きな音。裂かれたように先が尖っている。アンナはそれを握ったまま檻の中へ。
トマスを追い詰めていく。
「おい、殺すな」
エリオットが叫んだ。
「あそこの部屋にあった死体はなんだ。こいつを殺さない理由はない」
アンナが鉄の棒を振りかぶる。突き刺す気だ。
「待って下さい。私の子には父親が必要なんです。お願いです。この子を父親のいない子にしないで下さい」
コリーンの言葉が、アンナの動きを止めた。
「子供がいるのか?」
エリオットがコリーンに聞いた。
「はい」
「トマス、知ってたのか?」
「はい」とトマスも答える。「だから助ける以外なかった。身重のコリーンを、二つの命を見捨てることは出来ませんでした」
アンナが鉄の棒を降ろした。
「クソどもばかりだ。クソったれ」とアンナ。「トマス、ニベス会は確かだな?」
「はい。ニベス会の司祭服を着ていました。惑星の書を持って着た私と盗賊団、ニベス会の男と三者で取引きをしたんです」
「ニベス会の男は他に何かしたか? なんでもいい」
「なんでも――」
トマスは戸惑う。
「居場所がわかるような手がかりだよ」
エリオットが助け舟を出した。
「そ、それなら、ジュペールです。ジュペールから来た、と言ってました」
ジュペールか。
エリオットは舌打ちした。
「トマス、本当だな?」とアンナが確認する。
「本当です。私が聞いたんです。どこからいらしたんですか? と」
「よし。トマス、お前は二度とミッドガルドに戻るな。お前は一生サウスタークにいろ。長老派の教会にも二度と入るな。祈りは一人で勝手にやれ。コリーンを連れて、私たちの前に二度と姿を現すな。わかったか?」
トマスは目を見開いたまま黙っている。
「トマス、重要な質問だ。自分の言葉で答えろ」とエリオット。
「わかりました」
また泣いていた。全てを捨てる覚悟がなかったのだろう。だがそうしなければならない。トマスは全てを捨て、生きる道を選んだ。
「クソどもが。子守じゃないんだぞ」
アンナがコリーンの檻を破壊した。「出ろ」
二人が檻から出て並んだ。
再会を喜んでいる。
「エリオット、外は雪で冷えるから、お前の上着をやれ」とアンナ。
「俺の?」
「この女は妊婦だぞ」
「俺が寒くなる」
「お前、妊婦か?」
「違う」
「じゃお前のだ」
「俺の気持ちだ、受取ってくれ。あとご懐妊おめでとう」
コリーンに上着をかけてやった。
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