8-5
馬を借り、走り出した。
左右に森が続く夜道を駆け抜ける。この先に町があるらしい。
「なんか左手が痛む」とエリオット。
「さっきまでは?」
アンナが聞いた。左腕で少女デイジーを抱えて、右手で手綱を握る。
「痛くなかった」
「切断してあるはずのない手の幻覚を見る場合もあるらしいぞ」
「怖いこと言うなよ」
「いや真実だ。私の知り合いに、右足を切った奴がいたが、毎晩、ないはずの右足が痛んで起きる、と言っていた」
「その知り合いはどうなった? 完治したのか?」
「自殺した」
「他殺じゃなくてよかったよ。俺に希望をありがとう」
「どうやって自殺したか聞かなくていいのか?」
「もう十分」
「お前も自殺するんだろうな」
「はっきり言うな」
馬の速度が急に落ちた。「どうした?」
「誰かいる」とアンナ。
左右の茂みから気配を感じた。
「出て来い、馬鹿タレ」
アンナが叫んだ。
二人を囲むように茂みの中から無法者たちが姿を表す。
「お前らが盗賊団か?」とアンナ。
エリオットとアンナは馬から降りる。
「デイジーはどうだ?」
エリオットが聞いた。
「さっきより息が弱くなってる」とアンナ。
盗賊団は黙ったまま腰の武器を抜いた。
剣、槍、斧、槌、そして独特の刻印が入ったナイフ。
そうか。こいつらは――。
「モロウ・リー盗賊団か」とエリオット。
「俺たちも有名になったもんだな」
無法者の一人がいった。
見覚えのある顔だった。
「アンナ、こいつら覚えてるか?」
エリオットが聞く。
「なにが?」とアンナ。
「たぶん全員がアジトの食堂にいた奴らだ」
「あの古株連中か」
アンナが見渡した。「アントーニオに反抗的な態度を取ってた奴らだろ」
「あんたの前にいる奴、ラグナルだぞ。しかも相当若い。笑える」とエリオット。「どうする?」
長髪だが、まだ髭は伸ばしていない。顔にも皺がなく若いラグナルがいた。
「任せろ」
「いいのか?」
殴って殺すに決まってる。
「この子は毒に犯されて、死にかけてる。お前ら、こんな子供からも物を奪うのか?」
ラグナルと先代のモロウ・リー団長の顔色を窺う。
こちらの状況を知り、少しだけ動揺したようだ。
だが盗賊たちは動かない。
「町まで急いで行く必要がある。お前らは少女をここで殺すのか」とアンナ。
黙っている。「悪い噂が広まるのは早いぞ」
「団長――」と若いラグナルが言った。
「嘘かもしれねぇぞ」
他の団員が言った。
「じゃ見るか?」
アンナがデイジーを差し出す。「ほら、みろ。息が弱くなってる」
「泣き脅しか」と団員たちは凄む。「そんなのしらねぇよ。さっさと金を出せ」
だが団員たちの誰も襲い掛かってこない。
「毒で少女が死ぬ。この時間すら勿体ない。お前らはこの子を殺すんだぞ」
アンナが訴えた。「先に行かせろ」
「クソ――」とラグナル。「団長。うちは人殺しはいない。それが秩序ですよね」
「あぁ。そうだ。俺たちは奪うだけ。殺しはなしだ」
ラグナルの後ろに居た男が言った。
こいつが先代のモロウ・リー団長らしい。後ろに撫で上げた黒い長髪。太い眉と二重の瞼。面長で身長も高い男だった。太い腕で大斧を担いでいる。
「あんたら、本当にその少女は毒なのか?」
モロウ・リー団長が近づいてきた。
「確かめるか?」とアンナ。
「いや、結局のところ学のねぇ俺には見てもわからねぇよ」
「じゃなんでケチつける」
「喧嘩腰はようそうぜ。姉ちゃん」とモロウ・リー団長が言った。「てめぇら、解毒剤があるだろ。全部、持ってこい」
部下に指示をする。
「了解です」
ラグナルが走って茂みの中へ消えた。
「解毒剤を持ってるのか?」とエリオット。
「盗賊は毒に犯されたら死ねってか? 若いあんちゃん」とモロウ・リー団長。「俺たちは短気だけど準備不足は嫌いでねぇ」
「そうか――」
エリオットは頷き、アンナを見る。
これは、決断のときだ。
アンナもこの状況が何を意味するかわかっているようにエリオットを見た。
エリオットはアンナに近づく。
「まだ未来は変えられるぞ」と小声でエリオットはアンナに言った。「デイジーを普通の少女として育てることもできる」
「あの村はいずれ滅ぶ。それに生首団長は慕われていたみたいだった」
アンナが言った。「他人の人生を私たちが評価することは出来ない」
「けど俺たちが決めることも出来ないだろ」
「それが思い上がりだ、エリオット。流れに身を任せろ」
「そうか」
「あいつは死ぬとき文句を言わずに、礼を言ってた。そういうことさ」
「まぁな」
パントやラグナル、食堂で会った時の古株連中の顔が浮かんだ。
アンナの腕に抱かれている少女デイジーを見る。
白い肌。頬は赤く染まっていた。目を瞑り、懸命に呼吸を維持している。
「これがデイジーの運命なんだろう」
アンナが盗賊連中を見る。「こいつらは悪い奴だか、そこまでじゃない」
後ろから「団長、解毒剤です」と言ってラグナルが走って戻ってきた。
「俺じゃない。そっちのお嬢ちゃんだ」
モロウ・リー団長が言う。ラグナルがエリオットとアンナに近づいてきた。
「解毒剤はそれか?」とエリオット。
「あぁ。この瓶だ。こっちもある。あとこれとこれもある」
ラグナルが箱から何個も瓶を出す。
「一番効く奴だ」
アンナが言った。
「強い薬になるが大丈夫か? この子は耐えられるか?」とラグナル。
「それは大丈夫だ。この子は生首になっても生きるくらいに強い」
アンナが言った。
「なんだその例えは。あんたの国では流行ってるのか?」
ラグナルは何のことだがわかっていない。
「いいから、飲ませろよ」とエリオット。
「そうだな」
ラグナルが瓶を開け、デイジーの口元へ持っていった。
「デイジー、飲め」
エリオットが囁く。
「頑張るんだ」とアンナが腕の中のデイジーを揺らした。
デイジーがかすかに口を動かし、あてがわれた瓶の淵から中の薬を飲み始める。
「ところで、あんた、左手がないんだな」
ラグナルがエリオットに言った。
瓶をゆっくりと傾けて、デイジーの口に薬を流し込む。
「あぁ、そうだ。けどそのうち出てくるよ」とエリオット。
「それじゃ握手はいつも右手か?」
「あんたとは今度、左手で握手してやるよ」
「その左手がないじゃねぇかよ。あんたら二人、さっきからわからねぇ冗談ばかり言うな」
「からかってるんだ」とエリオット。
「そうだ、からかってるんだ」
アンナが続いた。
「どうだ、調子は?」
モロウ・リー団長が覗きに来る。他の連中もやってきた。「大丈夫そうか?」
「お前が団長だな」
アンナが言った。それから「持ってろ」と少女デイジーをラグナルに渡す。
「そうだが、なんだ」
「人手が足りてないだろ?」とアンナ。
「どういう意味だ」
「その通りだよ。人が欲しくないか?」
「お前ら二人、うちに入団希望か?」
モロウ・リー団長が、アンナとエリオットを値踏みする。
「俺たちじゃない」とエリオット。
「ラグナルが持ってるその子だ」
アンナが言った。
「どうして俺の名前を?」
少女デイジーを抱えたラグナルは驚いた。
「あんた有名だ、とっても」とエリオット。
「世話になったな、ラグナル」
アンナが言う。
「俺はこんな奴ら知らないぞ」
ラグナルが慌てた。
「お前ら何者だ」
モロウ・リー団長が言った。大斧を持つ腕に力が入り血管が浮かび上がる。
「不思議ちゃん」とエリオット。
「この馬鹿はほっといてくれ」
アンナがエリオットを払い、モロウ・リー団長を見る。
「私たちは貴様らに危害を加えるつもりはない。ただ料理番が必要だろ? それを届けにきた。その子は毒が消えれば優秀な料理番になる。連れて行ってくれ」
「突然、子供を連れて行けだと? うちは学校じゃねぇんだぞ。親はどうした。お前らは親じゃないのか」
「親は死んだ。私たちはその子を拾っただけだ。お前らが拒否するなら私たちはその子を捨てる」
またアンナのめちゃくちゃが始まった。「さぁ、どうする?」
「あんたらが力づくで俺たちに子供を返そうとしても同じだぞ。俺たちは絶対に受取らない」とエリオット。「それに俺たちを殺してでもみろ。その子は路頭に迷う」
「こいつら何言ってるんですか」とラグナル。「頭おかしいですよ」
「お前は待て」
モロウ・リー団長が制止した。「もう一度聞く。お前ら本当に何者だ」
「安心しろ。正義の使者ではない」とアンナ。「国の人間でもない。お前らを捕まえに来たわけじゃない」
「ちなみに悪魔でもない」
エリオットが続いた。「見ての通り、色男と美女だ」
「この子を貰って俺たちに何の得がある」とモロウ・リー団長。
「料理番が出来る。あとそうだ、サウスタークの南にウッドワードと言う町があるだろ。そこの大聖堂へ行き、礼拝堂の右側、奥から二番目の石像を盗め。中身は全て財宝だ」
アンナは言った。「お子様引き取り料金だ。養育費として使え。今回だけだぞ」
「何言ってやがる、それが本当かどうかなんてわかんねぇだろ」
モロウ・リー団長の言うことは尤もだ。
「嘘だと思うなら確かめに行け」
アンナはサウスタークの諜報員だった。あながち嘘じゃないかもしれない。
「拒否してもその子は捨てられる。選択するのはお前だ」とアンナが押した。
「うちは秩序を重んじる。殺しはしない」
「だったら引き取るしかないな」とアンナ。
「団長、本当ですか?」
ラグナルが言った。
他の団員も続く。
「見捨てることは殺しと同じだ。これは俺たちの秩序だ。今までも守ってきたし、これからも守る唯一の掟だ。物は盗むが殺しはしない。これは曲げられねぇ」
モロウ・リー団長の言うことは絶対だった。「うちで引き取るぞ」
それからモロウ・リー団長は「ウッドワードのことは本当だろうな?」と聞いてきた。
「本当だ。信じろ」とアンナは即答する。
「この子の名前は?」
ラグナルが聞いた。
「デイジーだ」
「姓は?」
「なんだったっけな? エリオット」とアンナ。
「あー、忘れたな。なんかバルバッサとかバルバルーザとかそんな感じだが思い出せない」
目を閉じ頭に思い浮かべようとするが出てこない。
「あー、もういい。名前があればそれでいい」
モロウ・リー団長が呆れる。「デイジーだな。わかった」
「じゃよろしく頼む」
アンナが馬に乗る。
「じゃあな」とエリオットも続いた。「いつかどこかで会おう」
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