7-5

 遺跡を出る。エリオットの左腕を包んでいる服に血が滲んでいた。

 馬に乗ろうとすると立ち眩みがする。出血が多い。

「大丈夫なのかい?」

 釜の中のデイジーが言った。

「無理」

「大丈夫そうだね」

「さっきの質問は何だったんだよ」

「気まぐれさ」

「なんか盗賊っぽいな、その台詞。アンナ、ここからどれくらいだ?」

「一日くらいか。だがアントーニオも同じだろう」とアンナ。

「俺はどれくらい寝てた」

「半日くらいか」

「もう過去に行ったかもな」

「遅れを取り戻すには駆け抜けるしかないぞ。そもそもこれはお前の根拠が一つもない仮説に基づいてる。とっくのとうに過去に行ってるかもしれない」

 アンナは馬の腹を蹴って走り出した。


   ■


「もし、もう既にアントーニオが過去へ行って両親の殺害を阻止していたら、あんたやアントーニオはどうなるんだ?」とエリオット。

 変わらない荒野の風景の流れを走っていると、こういうことを考える時間が多くなる。

 老後のこと、昔好きだった女の子と、この前街で見た非常に不細工な酒飲みのこと、馬が走る一定のリズムは、答えの出ないことを思考させる。

「それあたしに聞いてるのかい?」とデイジーの声。

「そうだけど」

「知るかよ」

「かー、冷たいね」

 今度はアンナに同じ質問をする。

「そんなことどうでもいい」とアンナは一蹴する。

「あんたら知的探究心ってもんがないのか? 二人して人を殴ったり、人から物を奪ったりすることしか興味ないんだろ? これだから野蛮人は困るよ。考えても見ろ、アントーニオが過去に行って両親を助けたら、今のアントーニオが過去に行く理由がなくなるだろ。そしたらどうなる? 俺たちがここ数日間やってきたこととか消えてなくなるのか? どうなるんだよ」

「お前、何言ってるんだ。斬り落とした左腕に頭がついてたのか?」

 アンナが言った。

「今の俺が馬鹿ってことか? 違う。逆だよ。これは哲学的ともいえる命題だ。過去を直したら今はどうなるってことだよ」

「お前の言うことに答えるとするなら、私たちがこうして奴を追っているということは、アントーニオとデイジーの親は殺されたままってことだろ」

「確かにそうだよな」

「もしあいつが無事、過去で両親を救ったら、何もない」

「俺たちはどうなる?」

「だから知るか」

「じゃアントーニオはまだ過去に行ってないってことか?」

「過去に行ったが阻止できなったってことも有り得る」

「訳がわからねぇ」

 エリオットは呟いた。

「考えるな。私たちの目的はなんだ? 生首の故郷を訪ねることか? 左腕を失うことか? 元恋人を毒蛇の餌食にすることか?」

「全部違うな」

「惑星の書の下巻だ。過去に行く上巻なんてどうでもいい。下巻を取り戻す、それだけに集中しろ」

「いや、なんか気になってさ。なんない?」

「なんない」

「それで人生楽しい?」

「最高につまらん」とアンナ。「貴様との会話なんて特にだ」

「きっつー」

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