第6章

6-1

 意識が戻ると牢屋の中だった。

 低い天井、両手を左右に伸ばせば壁に触れるほどの狭い空間。鉄格子には巨大な鍵。こんなに大きなものが必要なのだろうか。

 後頭部に痛み。触れると頭皮が腫れているのがわかった。出血もしたのか瘡蓋が出来ている。そっとしておこう。

 対面の牢屋にはアンナがいた。

 膝を立てて座っている。

「もういいのか?」とエリオット。

「痺れが残ってる」

 アンナは右手を見つめていた。感触を確かめるように開いて閉じる。

「鉄格子を破壊してくれよ」

「まだ力が戻ってない」

 アンナは不老不死だが、斬られれば痛みを感じるし、溺れれば苦しむ。毒で死ぬことはないが、効果は感じるということなのだろう。

「か弱い女の子ってわけだ」

「男はそういうのがいいんだろ?」

「うーん。どうかな。今は怪力女子がよかったかな」

「いつもは違うのか?」

「そういう意味じゃない。いつも怪力女子が隣にいて安心だよ。痺れが治るまでどれくらいだ?」

「さぁな」

「盗賊が気長とは思えない」

 すぐに殺されずここに入れられたのは、エリオットとアンナの背後にいる黒幕を探るためだ。つまりこれから拷問をされて、その後に殺される。

「せかすなよ」

 足音だ。

 誰かが来た。

 右の扉が開く音。明かりと影が近づいてくる。太い足だ。

 手に小さなランプをもった男が、エリオットとアンナの間に立った。波打つ長髪、頬まで髭に覆われている。太い眉にだけ白髪が混じっていた。

「誰だ」とアンナ。

「そう、敵視するな」

 枯れた声だった。

 男は通路に腰を下ろした。

「だって味方じゃないだろ?」とエリオット。

「何をしにきた?」

 アンナが言う。

「なんだ、お前。左手があるじゃないか」

 男はエリオットを見て言った。

「は? 何言ってんだよ」とエリオット。

「まぁいい。その話はいずれだ。ところでお二人さん。ここに鍵がある」

 男は腰に下げていた鍵を外して、エリオットとアンナに見せびらかした。

「寄越せ」

 アンナは相変わらず単細胞だ。言うことが欲望と直結している。

「そう焦るな。だが俺にも時間があるわけじゃない。俺の仕事は料理番でな。仕込みもそうだし、食器の洗いだってしなくちゃいけない。食材の調達だって一筋縄じゃいかないんだぞ。こっちは盗賊だからな。まともな店は相手してくれない。だからまともな店から盗みに行く。いつも同じ店ってわけにもいかないから、慎重に計画を建てて、食材を手に入れるってわけだ」

「仕事の愚痴はいいよ、おっさん」

 エリオットが言った。

「お前もおっさんだろ」と男。

「目的を言え、クソ野郎」

 アンナが言った。「私たちを利用したいんだろ?」

「こっちの女は馬鹿じゃないな。口はすこぶる悪いが」

 男が言った。「俺の名前はラグナル。随分と自己紹介が遅れちまった。三十年遅れか。はっはっは」

「くだらない自己紹介しに来たのか?」

「もちろん違う。頼みたいのはデイジーのことだ」

「さっさと話せ」

「アントーニオがデイジーを復活させた。俺たち盗賊は魔術に詳しくないが、まぁとにかく奴はやってのけた。死人を復活させちまったんだ。たいした男だよ。本当にいかれてる。だがアントーニオはどうも信用できない。弟だからって新しい団長になったが、奴は俺たちを変えちまった。俺たちは人を殺さないのに、殺し始めた。盗賊団じゃなくて略奪団だよ。秩序がなくなった。新しい団員も入れて、今じゃ昔からいる奴らよりも多い」

「やっぱり愚痴じゃねぇかよ」とエリオット。

「まぁまぁまぁ、これからが重要だ。俺からあんたらに頼みたいのは、ここからデイジーを連れ出してくれってことなんだ。アントーニオはデイジーを殺すつもりだ」

「意味がわからない。どうしてだよ。復活させたのはアントーニオだろ。それなのにまた殺すのか?」

 エリオットが言った。アンナは黙って、男を見ていた。

「アントーニオの目的は簡単さ。デイジーの隠し財宝だよ。金さえ手に入れば、どうでもいいんだよ。だからデイジーはいらない」

「司祭のくせに俗物だな」とアンナは呟く。

「権力者は俗物だ」

「本当に金なのか?」とエリオットも続けた。

 惑星の書については何も言わない。

「お前らがどうしてここに来たのかは別に興味ないからどうでもいいし、アントーニオの本当の狙いなんてのも同じだ。俺たちにとっての問題はデイジーだ。デイジーは俺たちの団長で、何よりも優先されるんだよ」

「惑星の書について知らないか?」とアンナ。

「俺たちはあんたらに盗まれた惑星の書下巻を取り戻しに来たんだよ」

 エリオットが言った。

「あぁ、あの本か。あれも金になるらしいな」

「全ては金か」

「その通り。そして隠し財産の在り処を言えばもう用済みってわけさ。盗賊団に頭は二人もいない。いつの間にかアントーニオ派の団員も多くなったし、デイジーを守ろうとする奴はいねぇよ。みんな変わっちまった」

「あんた以外はな」

「俺のことはいいんだよ」

「殺そうとしてる証拠は? 仲の良い姉弟かもしれないぞ」

「アントーニオは俺にデイジーを殺せと命令した。古株だから、忠誠心を試したいんだろ。性格が悪い」

 寂しそうな表情だった。「取引きだ。ここから出してやる。その見返りとしてデイジーを連れて、逃げてくれ。場所は指定する。そして二度と俺たちの前に現れないって約束してくれ」

「私たちの目的はここから出ることじゃない」とアンナ。「さっきも言ったが惑星の書の下巻だ。それを寄越せ」

「あんたたちにどんな事情があるか知らないが、それは忘れろ。アントーニオがいつも持って聖書よりも大事にしてる」

 交渉の余地はなさそうだ。「盗むのは無理だ」

「わかった。悲劇のデイジーお嬢様はどこだ?」

 アンナが言うと、ラグナルは黙って立ち上がり、牢を開けた。

「こっちだ」

 牢屋を出て、ラグナルの後へ続く。「二人ともついてこい」

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