6-2

「今、団員のほとんどは出払ってるんだ。アントーニオもな」

 ラグナルは言った。アジトを歩き、「ここだ」と入れられたのは食堂だった。

 エリオットがさっき通過してリンゴを貰った場所だ。

 デーブルには男たちついていた。視線が二人に向く。エリオットは構えるが、男たちは立ち上がる素振りすら見せない。

「アントーニオに連れていってもらえなかった古株たちだ。安心しろ」とラグナル。

 つまり抵抗勢力というわけだ。

「反抗期の集まりか」

 アンナが言った。「それでデイジーは?」

「そこだ」

 奥の小さなテーブルをラグナルが指差した。男たちが肩を開いて、視界を開く。

 皿の上に女の生首が載っていた。首から下がる骨がくるりと皿の中で巻かれている。白髪の混じった金髪に深い瞳、肌は白いが頬にはあばたとシミが目立つ顔だった。

「こいつらか」

 生首が喋った。

「あぁ、やっぱり夢じゃなかった」

 エリオットは呟いた。

 気を失う寸前に見た光景を思い出す。

「あれはなんだ?」とアンナ。

「デイジーだ」

 ラグナルが言った。「通称、毒牙のデイジー。俺たちのお頭だ。おい、デイジー、この二人があんたを連れて行く」

「昔からあぁなのか? 生首状態?」

「いや、最近あぁなった」

「生き返ったらこの有様だよ」

 デイジーが言った。

 しわがれた声。喋ると口周りと目尻に皺が寄った。鋭い犬歯が見える。「ったく、ふざけんじゃないよ」

「これを連れて行けばいいんだな」とアンナ。

「これって言うんじゃないよ、小娘」

 皿の上のデイジーが言う。「あたしは、モロウ・リー盗賊団のデイジー・モロウ・リーだよ。毒牙のデイジー。盗賊団の頭なんだよ」

 首から剥き出しの背骨で、ぺしぺしとテーブルを叩く。

「態度が悪いのは昔からだ」

 ラグナルが二人に言った。

「わかった。連れ出してやる」

「どこへ連れて行くっつーんだよ」とデイジー。「寒いところは嫌だよ。温かい場所にしとくれ」

「確かにどこへもって行けばいい?」

 エリオットが聞いた。

「地図を渡す。そこに信頼できる男が来る。そこへ持って行ってくれ。それでいい」

「ラグナル、そこは暖かい場所かい? 寒いのは嫌だよ。棺桶を思い出す。それにきっと首の断面が痛むよ。あたしは寒いとこで生まれたけど、寒さはてんでダメでね」

「安心しろ。極寒だ」

 ラグナルが言った。「逃亡者は南国に行けない。常に寒い場所に行くんだよ」

「ふざけんじゃないよ。あんた、あたしの話を聞いてたのかい? これなら死んでたほうがまだマシだよ」

「小言ばっかだな」とエリオット。

「それでも俺たちの団長だ」

「複雑な関係だな」

「人生ってのはそういうもんだ」

 ラグナルが他の男に「釜を持って来い」と指示した。

 すぐにラグナルは釜を受取って、デイジーに近づく。

「そんなのに入れんじゃないよ」

「棺桶がいいのか、デイジー」

「どっちもどっちだ」

「ちゃんと毛布を敷いてある。あ、そうだ、忘れ物」

 ラグナルは髪飾りを出した。緑色の宝石がついている金細工だった。

「左につけとくれ」とデイジー。

 ラグナルは指示通り、頭の左に髪飾りを差した。

「ばっちりだ。似合ってるよ、デイジー」

「口説こうってのかい。二十年遅いよ」

「俺の誘いを断ったこと、今に後悔するぞ」

 ラグナルはデイジーを釜に入れる。「蓋はいいだろ?」

「あぁ。そうだね。空が見えるほうがいい」と釜の中から声がする。

「ほら、お前ら、持ってけ。むかつくこと言われても火にかけるなよ」

 エリオットは釜を受取る。取っ手の下、釜の口を見ると生首のデイジーがいた。

「見んじゃないよ。見たって美味くはならないよ」とデイジー。

「あんたを食う気にはならない。俺は若くて美人な女が好きだ。あとちゃんと首から下がある女」

「女は身体派か?」

「いや顔だよ。だからだ」

「くたばれ」

 唾を飛ばされた。

「きたねぇな」

 傍らにあった別の釜の蓋を取って、口を塞いだ。

「黙らしたか?」とアンナ。

「文明の利器だ」とエリオットは答える。「蓋を作った奴に感謝」

 蓋の下からデイジーの喚く声がした。

「頼んだぞ」

 ラグナルが言った。

 他の団員たちもエリオットを見ている。

「そんなに見るなよ」とエリオット。

「まぁいいだろ」

 ラグナルが握手を求めてきた。「今にわかるさ」

「なんだよ、気持ち悪い」

 結局、ここに残された奴らはデイジーを慕っているのだ。

「ありがとな」

 エリオットは握手を返して礼を言った。

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