4-2
シミョール通り。四つのジョッキ亭、赤煉瓦館、義手の天使亭、白馬亭、大釜亭を通り過ぎる。通りを行き交う人々の層は明らかに柄が悪く品がない。都市の恩恵から漏れたならず者。物乞い、放浪者、病人、娼婦、酔っ払い、阿片中毒者、育ちも性格も悪そうな奴らばかりだった。
「カジート地区と同じだよな」とエリオット。
自分の住んでいるマリアノフの街を思い出す。割られた窓、壊れた屋根、カビだらけの壁とそこら中にある糞尿。
「昔、私が来たとき、この通りはこんなんではなかったな」とアンナ。
別の思い出に浸っているようだ。
「俺が来たときはこの状況だったよ」
「で、ならずの王はどこだ?」
「それだ」
エリオットのすぐ手前にある民家だった。横には裏の庭へ続く小道がある。
「ノックすると足と性格の悪い爺さんが出てくる。悪魔じゃないから殺すなよ。そいつがならずの王だ」
「忠告ありがとう」
アンナが扉を叩いた。
「誰の性格が悪いって」
扉が開いた。中から老人が顔を出す。「うちの扉は薄いんだ」
老人は続けた。前歯が欠けており、禿げ頭には茶色い染み。「けっ。エリオットか。久しぶりだな。入んな」
足を引き摺りながら、家の奥への消えていった。
エリオットはアンナを見る。
「いい出会いだったな」とエリオット。
「さっさと入んな。いつまでも扉開けんじゃないよ。さみぃんだ。けっ」
部屋の奥から老人の声がした。言われた通り、家へあがった。
「あの、けっ、ってのはなんだ?」とアンナ。
「知らん」
■
「金払え けっ」
老人が言った。
ならずの王の部屋は質素だった。テーブル、椅子、黄ばんだ食器。窓は汚れて、光が入り辛い。室内には尿の匂いが漂う。隅に鼠の死体。魔除けではなさそうだ。
「いくらだ?」とアンナ。
「いいから払え」と老人。
アンナはエリオットを睨んでから、金貨を一枚テーブルに置いた。
「あんた、本当にならずの王なんだな?」
アンナが言った。
ならずの王は、街の物乞いたちを束ねるのが仕事だ。市参事会から正式に承認も受けている。物乞いたちは街の至るところにいる。広場、教会、目抜き通り、富裕層の溜まり場、貧困街。それは天然の目であり耳となり、全ての噂、情報がならずの王に集約される。
「この街には三人のならずの王がいる。わしはそのうちの人だ。けっ」
複数人いることは珍しくない。
「四人じゃなかったのか?」
「けっ、一人死んだ」
「寿命か?」とアンナ。
「違う。けっ」
殺されたのか。
老人はテーブルの金貨一枚を取った。「今の情報で一枚分だ」
「仕組みはわかった」
アンナがもう一枚金貨を出した。「ニベス会の男がジュペールにいる」
「けっ。それで何が知りたい」と老人。
「ニベス会の居場所だ」
「もう一枚だ。けっ、けっ」
「ほら、拾え」
アンナはもう一枚の金貨を床に落とした。
老人は憮然として動かない。拾おうとしない。
どうしてこう喧嘩腰なのだろうか。エリオットは「すまん」といい、金貨を拾いテーブルに置いた。
「エリオット。けっ」と老人が言った。「ニベス会の情報は教えてやらん。けっ」
「ふざけるなよ」
アンナが言ったが、老人は一方的に喋る。
「だが金貨と私の願いを叶えたら教えてやる。けっ」
「貴様は少女か。可愛い女の子が、わたしの願いを叶えてじゃないんだぞ」とアンナ。
「ニーナ・アマドールを殺せ。けっ。ニーナには懸賞金がかけられてる。私はその金が欲しい。その金がニベス会の情報料だ。けっ」
「ニーナ・アマドールって、あのニーナ・アマドールか? 錆亭で馬の世話をしてるニーナ・アマドールか?」
エリオットが言った。早口になっていた。
「けっ、そうだ。お前の知り合いだよな。けっ」
「あいつ――」
エリオットは頭を抱える。
「どういうことだ?」とアンナ。
「俺の元彼女だよ。ニーナは」
ニーナ。元恋人の顔が浮かんだ。なんでこんなことになってるんだ。
老人は二枚の金貨を取った。
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