第2章

2-1

 村を出て歩く。小さな丘を越えたところに、廃屋があった。壊れた屋根、崩れた柵、風が吹けば茶色い土が舞う。

「ここか」とアンナ。

 ピーソーは黙っている。

 疲労困憊のようだ。俯いて鼻をすする。その音が癇に障る。

「ここに馬が来て、コリーンを攫ったのか?」とアンナが繰り返す。

「そうだよ」

「どんな奴らだった」

「賊っぽい。いかにもな見た目だったよ。上着は汚そうで腰には剣かナイフを差してた」

「トマスは?」

「しばらくしたら出てきて、それからどっかへ行った」とピーソー。

「何の手がかりにもならないな」

 エリオットは言った。

「ピーソー、お前は帰れ。そしてクロードに金を渡せ。お前の金の半分を渡せ。もしクロードに何かをしたらお前を破門する。教会はお前を監視してるからな」

 アンナがピーソーに言った。

 何も言わずにピーソーは背中を見せて歩き出した。

「入るぞ」とアンナ。

 廃屋へ。

「小さな村って嫌だよな」

「自浄作用がないからな。常駐の司祭もいなければ、司法がないのも同じだ。腐ったやつはひらすら腐る」

「婚約は嘘だろ」

「当たり前だ。あのブサイクがどうして結婚できる」

「俺だって結婚できないのに」

「お前のことなど話してない」

 小さな小屋だった。仕切りは壊されている。

「血痕だ」とエリオット。

 壁には血の跡が残っていた。

「だが多くない」

 出血はそれほど酷いものではなかったらしい。

「トマスは司祭でありながら恋に落ち、ここで相手のコリーンと愛を育んでいた。そこへ賊が現れて、コリーンを誘拐した。トマスは誘拐されずに、後日、惑星の書を盗んで姿を消した」

 エリオットは事態を整理する。「トマスが惑星の書を盗んだ動機も見えていたな」

「身代金代わりだろうな」

「コリーンを誘拐した奴らが惑星の書を欲しがったわけだ」

 干し草が敷き詰められていた。ここで愛を交わしていたのだろう。

 足の裏に異物の感覚がした。干し草の中を探る。

「何かあったのか」とアンナ。

 刃物。ナイフが出てきた。エリオットは拾い上げる。

「ここにも血だ」

「凶器のナイフか。コリーンを攫った奴らの持ち物だろうな」

 刃が刻印のような波打つ模様が彫られていた。

「この柄は何だろうな」

 刃に刻まれた模様を見てエリオットは言う。

「そういうわかりきった馬鹿発言なんとかしろ」とアンナ。

「捉える人次第だろ」

「それが何か教えて欲しいか」

「さっさといってくれ」

「これはモロウ・リー盗賊団のものだ。団員がモロウ・リーの証として持つ」

「これまた面倒なもんを引いたな」

 モロウ・リー盗賊団は、エリオットの住むミッドガルドと隣国サウスタークの国境付近で活動している。悪名も高い。

「奴ら、ついに人攫いも始めたのかよ」とエリオット。「殺しはしない、盗むだけ。それがモロウ・リー盗賊団じゃなかったのか」

「新しい分野に進出ってわけだ」

 アンナが言った。「知ってるだろ? この前の事件」

「俺の専門分野のことか?」

「あぁ」

「お頭のデイジー・モロウ・リーが首斬られたよな。半年くらい前か」

 捉えられたモロウ・リー盗賊団の団長デイジーは、碌な裁判もなく首を斬られて死んだ。

「誘拐は新しい団長の方針なのかもしれない」

「盗みだって良いことじゃない。それに加えて誘拐までするなんて」

「常に前進あるのみ。悪の世界も同じだろ」

「どうする? モロウ・リー盗賊団に会う必要があるぞ」

「エリスタに行く。あの町は奴らの城下町だ。知ってるだろ?」

「知らない」

「嘘吐け。故買屋が」

「多少は知ってた。多少な」

「白々しい」

「ちょっと気まずい」

「品が良い町じゃないからな」

「ナイフはあんたが持っててくれ」

 血痕のついたナイフを渡した。

 廃屋を出る。


   ■


 馬を走らせた。北へ進む。国境を越え、サウスタークへと入った。

「サウスタークに入るのは十年ぶりだ」と国境を越えた丘でエリオットが言った。

 国境というが線が引かれているわけでも、関所があるわけでもない。だがこの平原を挟むように対峙する二つの丘は、北側はサウスターク、南側がミッドガルドと誰もが知っている。二国を繋ぐ街道もあるが、そこには関所があり通行税の徴収が行われるので、安全の保証が欲しい商人や旅行者の利用に限られている。

「私はもう忘れた」とアンナ。

「あんたの祖国だもんな」

「選べるなら、別の国を選んだ」

「ミッドガルドか?」

「愛国心があるんだな。行くぞ」

 再び馬を走らせ、エリスタへ向かう。


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