2-2
夕日が落ち、月が出た。気温が下がり、手が痛む。エリスタに着くと、すぐ旅籠に部屋を借りて、馬を預けた。
ならず者が多い町だとは知っていた。柄が悪く、治安も悪い。
「どいつがモロウ・リー盗賊団だろうな」
アンナが言った。
部屋を借りた旅籠から出て、居酒屋を求めて歩く。夜に活動するような輩が多いからか、意外に視界はある。角では焚き火をしている連中、娼館、阿片窟、賭場の窓からは明かりが漏れる。エリオットの住むカジート地区によく似ている。
「なんだか楽しそうだな」
「ここの奴らは誰を殴っても無罪だからな。愉快、愉快」
最悪だ。
この女は誰かを殴る気でいる。面倒の予感。
「あてはあるのか?」
「ない」と言いアンナは「おい、そこの」と焚き火をしている連中に声をかけた。
目つきの悪い奴らだ。男が三人。ハゲ、デブ、痩せ。デブはハゲてもいる。痩せは贅肉が全くない。鎖骨と首の筋が浮き上がり、目は窪み、細い腕には青い刺青をしている。ハゲは頭がさっぱりなわりに、髭は豊かだった。世の中、うまくいくことなど一つもないことを表現しているのだろうか。
痩せが舌打ちをした。
「好意的じゃないみたいだぞ」とエリオット。
「お前も舌打ちしろ」
アンナが言った。
「嫌だ」と拒否。
「おい、なにぶつくさ言ってんだよ。舐めてんのか、てめぇ」
ハゲが吠える。
「怒らせるな、エリオット」とアンナが笑う。
「ほんとこういう時、楽しそうだよな」
人を殴る口実を見つけたときのアンナは生き生きとしている。「喧嘩は嫌いだ」
「弱いもんな」
「俺は文明人だ。話し合いで解決できると信じてる」とエリオット。「なぁあんたら、ここらへんでモロウ・リー盗賊団を見なかったか? ここは奴らがよく来るんだろ? 飲みにとか遊びにさ」
「なんだ、あんたら、奴らに用事があるのか」とデブがエリオットに近づいてくる。
「知ってるのか?」
エリオットが言った。やはり文明人同士、話し合いは可能だったのだ。
「もちろん」
デブが近づいてきて、エリオットの腹を殴った。
「あ、そういうこと――」
エリオットは地面に膝をつき、何とか声を出す。
「お前、最高だな」
アンナが言った。
こいつは本当に性格が悪い。
「あんた最低だ」とエリオットはアンナに言う。
「おい、デブ。もっと殴れ」とアンナ。
「ふざけるなよ」
突拍子もない提案に戸惑うハゲ。
「お前も馬鹿だな」
アンナが距離を詰め、ハゲの豊かな顎鬚を狩るように拳を見舞う。ハゲの身体が吹っ飛んだ。「ほーら。わかったろ、情報を寄越せ。知らないなら知らないって言え」
拳を撫でる。
「モロウ・リー盗賊団が知りたいのか?」とデブ。
「二度も言わせるな」
アンナが言った。
「俺がそうだよ」
デブが脇に差していたナイフを抜いた。
見覚えのある模様が刃に刻まれている。エリオットとアンナが手に入れたものと同じだ。焚き火の赤い灯りに照られて浮かび上がる。ナイフを逆手に持ち、夜風を弄ぶように刃を揺らした。
「俺の後ろには最強の盗賊たちがついてる。お前らこのままで済むと思うなよ」とデブ。
得意そうな表情だった。
意外だが、探す手間は省けた。
「世の中、知らないことだらけだな」とアンナ。「そっちの痩せっぽっちもか?」
「そうだ」と痩せ。「俺もモロウ・リー盗賊団の一員だ」
「よし。わかった。お前らの親玉に会いたい。すぐ会わせろ」
当たり前のことのようにアンナが言う。
「は? お前ふざけてんのか」とデブ。
エリオットも同じ意見だ。
「人命がかかってるんだよ」
アンナが首を回して関節を鳴らす。「正義のためだ。時間がない」
珍しくまともなことを言っている。
「つべこべわけわかんねぇことばっか言いやがって」
デブがナイフを持って突っ込んできた。
「馬鹿が」
身体を傾けて、突き出された刃を交し、デブの顔面に拳を浴びせる。鼻が潰れるように顔面の中へめり込んで言った。アンナが拳を剥がすと、口の周りは血だらけだった。デブは流血を確認してから、アンナを一瞥し再び刃を振った。だが先ほどの威力はなく、羽毛が舞うように軽い。
アンナが人差し指と親指でナイフを摘んだ。
「困ってるみたいだな」とアンナ。
ハゲは乱れた呼吸のまま、二本の指で止められたナイフを見つめている。
「どうした、動けよ」
アンナが挑発。
「死ね、こらぁ」
デブが空いている腕を振ります。拳がアンナに飛んだ。
まともにアンナの横顔を捉えた。音が弾ける。顔が傾いた。
「満足か? これで親玉に会わせてくれるか?」とアンナ。
痛みは感じていないようだった。
痩せを見た。棒立ちのまま動いていない。この状況についていけていないようだ。
「知るかよ、クソ」
デブがナイフから手を離した。
半歩ずつ後退していく。表情に恐怖が浮かんでいる。
「逃げるのか」
「うるせ」
背中を向けて走り出した。
「逃がすかよ」
アンナがデブの背中に飛び蹴りを食らわし、そのまま乗っかった。頭を左手で抑えて、地面に押し付け、両目の横にナイフを突き立てる。「そこの痩せっぽちに斬りおとしたお前の首を、本隊に届けさせれば、モロウ・リーの団長に会えるよな」
「素人が首を落とすのは骨のある仕事だぞ」とエリオット。「元本職からの助言だ」
「だったらお前がやれ」
「もう辞めてる」
「なら偉そうなこと言うな。殺すぞ」
「ごめんなさい」
素直に謝った。
痩せを見る。相変わらず震えたまま動かない。ハゲはアンナに吹っ飛ばされて以降、ぴくりとも動かない。
「助けなくていいのか?」とエリオットが痩せに聞いた。「友達が殺されかけてるぞ」
痩せは何も言わず走り出した。逃走だ。
「追えよ、馬鹿たれ」とアンナ。
「一人捕まえたしいいだろ」
「呑気だな。よし、こいつの首を斬るぞ。町の目立つところに追いとけば、モロウ・リーの奴らが仇討ちに来るはずだ」
「基本的に思考が物騒だよな」
「お前も少しは働け」
アンナが逆手に持っていたナイフを握り返した。やる気だ。斬り落とす気だ。
「それで落とすのか? そんな短い刃で首を斬るのか?」
元死刑執行人、首斬り親方だった頃の血が騒いだ。「そんなのでやっちゃだめだ。一瞬で殺せない。何度も何度も刃に力を込めて、のこぎりを使うように押して引いてで首を斬ることになる。相手への敬意がない。やるなら一瞬だ」
「お前がやらないから私がやる」
「クソ。じゃ俺がやる。剣はないのかよ。腰から肩くらいの長さの剣があれば落とせる」
「待て、待て。待ってくれ。あ、あんたら何なんだよ。何で、そんな普通に首を斬る話が出来るんだよ。俺は違う。違うんだ。待ってくれ」
デブが騒いだ。
「違うって何?」とエリオット。「お前の何が違うんだよ」
「喋れなくなる前に言え」
アンナが凄む。
「俺はモロウ・リー盗賊団なんかじゃないんだよ」
デブが泣きながら言った。早口だった。
「クソが」
アンナが怒りに任せてデブの後ろ髪を掴んで、地面へ顔面を叩きつける。
「ナイフはどうして持ってる」とエリオット。
「兄貴のだ。兄貴がモロウ・リー盗賊団だったんだよ」
「だったらそのクソったれ兄貴に会わせろ。今すぐだ」
アンナが吼えた。
「兄貴は死んだ。もういない」
「そんなに兄に会いたいのか」とアンナ。刃を立てる。
「違う。俺はただ、兄の形見をお守り代わりに使ってただけだよ。これを使えばみんなびびるし、効果があるんだ。ちょっと利用させて貰っただけだ」
「だからなんだ」
「違うんだよ」
「じゃお前は盗賊団の居場所は知らないんだな?」とエリオット。「ここは奴らの町じゃなかったのか?」
「奴等は消えたよ。この前の処刑は知ってるだろ? お頭のデイジーが処刑された。あれのせいで全員町から消えた」
「どこへ行った」とアンナ。
「カイロノフに行った。だってそこでデイジーは処刑されたんだからな。報復のために移動したって噂だ。モロウ・リー盗賊団は義理堅い」
「無駄足だったってことか」
エリオットはため息を吐く。カイロノフはミッドガルド領地だ。サウスタークと国境にある辺境の街でここからは近くない。だが来た道を戻ることになる。
「お前は兄の他にモロウ・リー盗賊団を知らないのか?」
アンナがデブに尋ねた。
「ちなみにこれはお前の人生を決めるとても重要な質問だから」とエリオットが付け加える。「がんばれ」
「カイロノフにパントっていう男がいる。兄貴の相棒で、そいつも元々はモロウ・リー盗賊団だった。兄貴が死んで、足抜けしたんだ。カイロノフで居酒屋をやってるらしい。盗賊団がカイロノフに行ったなら、絶対にパントの店に寄ってるはずだ。そこへ行けばいい」
「居酒屋の名前は?」
「わからない。最後に会ったのは、パントが兄貴の墓参りにここへ来たときで、居酒屋をやってると聞いただけだよ」
「なんで偉そうに答える」
アンナが後頭部を叩く。「謙虚に答えろ」
「すいません」
「よし。お前の兄貴の名前は?」
「ランガー・ロードウィード。俺はサニョン・ロードウィード」
「お前のことは一切聞いてない」
また後頭部を叩く。「聞かれたこと以外喋るな、馬鹿」
「もういいだろ。行くか?」とエリオット。
「あぁ」
アンナがデブを解放した。兄の形見だというナイフを放る。「散れ」
デブは形見を拾うと、歩いて路地裏へと消えた。
「また移動か?」
エリオットが言った。「さっき着いたばかりなのに」
「仕事だ」とアンナが言った。
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