第3章

3-1

 クイン山に向かった。馬を走らせる。

「野営地なんてあるのか?」

 エリオットが言った。

「本当にあるならすぐ見つかる」

 雪は強まるばかりだった。冷たい。手綱を持つ手の感覚がなくなっていく。「足跡を探せ。馬でも人でも。集団の足跡だ」

 アンナが言った。

「積もってきたぞ」とアンナ。

「クソったれ」

 クイン山が見えてきた。

「足跡が雪に埋もれる前に目を凝らせ」とアンナ。「なんでもいい。食べクズでも唾でもいい。人の跡だ」

 目を凝らす。

「ん?」

 目じゃない。何も見つけていない。だが匂いがする。臭い。

「クソがあった。馬糞だ」

 エリオットが叫んだ。「こっちだ」

「人糞かもしれないぞ」

「この量は違うだろ」

 茂みの中に黒い馬糞が山になっていた。

「まだ温かいか?」

「わからない」

「触れ」

「そういう特殊な趣味はない。もちろんこういうものに興奮もしない」とエリオット。「ここは落ちついて見てわかることで判断しよう」と続ける。

 乾いてない。匂いもする。

「近くにいるかもな」

 アンナが言った。

 馬糞の横に獣道が伸びていた。茂みが踏み込まれて、人が通り易いようになってくる。

「この道だ」とアンナ。

「この先に盗賊がいるのか」

 エリオットが言った。

「美女がいるとでも?」

「盗賊と美女は両立できるだろ」

「確かに悪い女は美女だよな」

「なるほど」

「今、誰のことを考えた」

「あんた」

「合格」

 茂みを進む。


   ■


 野営地があった。杭を並べた柵と塔。柵の角には見張り台がある。柵の杭は先を尖らせているので乗り越えるのは困難だろう。壁の周りには掘があり、出入り口の門へは閉じられている。推測するに吊り上げ式の橋になっているに違いない。見張り台にはそれぞれ二人ずつ。茂みの影にいるエリオットとアンナから見えるのは、三つの見張り台。手前の二つと奥の一つ。砦の奥は崖になっていてる。

どれも親戚のように似ている男たちが立っている。薄い頭部、伸びた髪と髭、丸く出た腹。未明なので眠そうに瞼を擦っている。

「どう乗り込む?」とエリオット。

 雪が冷たい。身体が凍りそうだった。

「橋を下ろして乗り込むか」

「誰が橋を下ろす」

 門を開くために侵入しなくてはいけない。今はそれを話し合っているのだ。

「知るか」

「もう大分、積もってきたぞ」

「言われなくてもわかる」

 それからアンナが「奥に崖があるな」と言った。

「そうだな」

 崖、そして山だった。

「向こう側に回るぞ。崖の上だ」

「まさか飛び降りる気か?」

 崖は確かにある。だがその高さを見る限り、飛び降りれるような高さではない。

「うるさい奴だな。いいから来い」

「安全安心だよな?」

「危険でやばい」とアンナ。

「やっぱ飛び降りるんだろ?」

「お前がうろたえる姿を見るのは面白い」

「俺は飛ばない」

「落下だ。飛ばない」

 野営地を迂回して、崖の上へ。



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