5-5

「ここだよ」とロビン。

 ネクロポリスの奥に墓地はあった。

 膝の半分ほどくらいの高さに盛られた土が並んでいた。

「この小さい山が墓か?」とエリオット。

 墓石も供物もない。

 茶色い土の山がひらすら並んでいた。

 風が吹くと、細かな砂が飛び散る。

「原始的だ。だがここに来るのは罪人なんだよ、エリオット。これでいいんだ」

「デイジーの墓はあれだな」とアンナ。

 左前方に、穴が掘られていた。

 一目見れば、そこが空っぽなのがわかる。墓なのに死体がない。

「そうだ」とロビン。「俺が運んだ」

 近づく。

「持っていかれた」とエリオット。「クソ。あともう少しだったのに」

 やっぱり空だった。「奴ら、どこへ行ったんだ。また別のアジトだろうけど、それはどこだ。アントーニオはデイジーを蘇らせる気だぞ。惑星の書の回収なんて出来るのかよ」

「そう焦るな、エリオット」

 アンナが言った。「お前は馬鹿だから焦っても良いことないぞ」

「あんたの冗談に付き合う気にもならないよ」

 惨殺された死体を見て、気が立っていた。

「車輪の跡がある。死体を載せて運んだに違いない」とアンナ。

 掘り返された墓から二本の線が延びていた。

「よく気づくよな。感心するよ」とエリオット。

「お前のそういう態度、よくないぞ」

 アンナが言った。「なんか腹が立つ」

 エリオットたちの歩いてきた道を沿うように車輪の跡は続き、ネクロポリスの出口まで続いている。

「あっちに行ったみたいだな」

 エリオットが言った。

 ネクロポリスを出た車輪は、東へ続いていた。

「追うぞ」とアンナ。

 馬に乗る。エリオットも続いた。

 ロビンはネクロポリスの門に佇んでいる。

 動きそうもない。

「ロビン、どうする? ついてくるか?」

 エリオットが馬上から言った。「俺たちは行く」

「俺はここに残る。死んだ人たちに墓を作る」とロビン。

「そうか」とエリオット。「じゃあな」

「食うなよ」

 アンナが言った。

「俺が食うのは綺麗な死体の鼻だけだ」

「そんなの聞きたくなかった」

 エリオットが言った。

「冗談だ。指だよ」

「そういう意味じゃない」

「さっさと行け、エリオット」とロビン。

「色々ありがとな」

「もう死体は食わない。約束する」

 ロビンを残して、ネクロポリスと出た。


   ■


 車輪は幾つかの馬の足跡と一緒に、真っ直ぐ東へ続いていた。荒野を進み、渓谷へ入っていく。赤茶色の大地が裂けて出てきた谷。植物の姿はなく、地面は干上がっている。

 夜が明け、朝が近づいてきた。

 谷の向こうに、朝日が上がっていく。

「なんでアントーニオは惑星の書とデイジーの死体を欲しがったんだろうな」

 馬の上でエリオットが言った。

「惑星の書の、あいつが奪った下巻は、未来にいける。だから未来に行きたいんだろ」

 アンナは答えた。興味がなさそうだ。

「じゃデイジーの死体は?」

「姉だ。自分の死霊術で蘇らせるために回収したんだろ」

「姉を蘇らせて、自分は未来へ行くのか?」

「ま、そうなるな」

「未来に行く目的は?」

「アントーニオに聞け。私はアンナだ。惑星の書の奪還だけに集中すればいい」

「なぁ、ルーベンの言ってた惑星の書の上巻、覚えてるか?」

「過去に行けるほうだな」

「俺はそっちのほうが重要な気がするんだよな。だってどんな人間でも知らない未来に行くよりも、変えたい過去に行くほうがいいだろ?」

「言われてみるとそうだ。で、結論は?」

「そう急ぐなよ」

「随分待った」

「結論はない」

 その時、轟音がした。馬が驚き、前足を上げる。

「どうした?」とエリオット。

「上だ」

 アンナが言った。

 谷の上に人影。逆光で黒く染まり顔は見えない。それに落下してくる岩と木材。

「罠か」

 エリオットが叫んだ。「クソ、ふざけんなよ」

 岩を交し、後ろを向いた。後方も岩と木材を落とされていた。

「やられた――」

 アンナはそれから息を吸った。

 前後を塞がれた。ここは渓谷だ。左右が断崖。登れるような場所ではない。

 閉じ込められた。

「尾行がばれてたみたいだな」とエリオット。

 剣を抜くが、敵が降りてくる気配はない。

「足止めでいいんだろ」

 前後に振ってきた岩と木材は、エリオットとアンナの三倍ほどの身長に達していた。

「この量だ。元々、そういう仕掛けがあったに違いない」とアンナは冷静に言う。

「これからここで暮らすのか、俺たち」

 エリオットが言う。馬から降りた。

「朝日が綺麗ないい場所じゃないか」

「それ、マジ?」

「いや、朝日は嫌いだ」

「だよな。俺も」

「仕掛けがあるということは、盗賊たちのアジトも近いってことだ」とアンナ。

「前向きだな」

 今度はさっきと比較にならないほどの轟音が鳴り響いた。

「なんだよ、今度は」とエリオットが叫んだ。

「頭を伏せろ」

 アンナがエリオットを押さえ込む。

 爆発。谷の壁が崩れてきた。前後の岩と木材も吹っ飛ぶ。砂煙が立ち、壊れた壁が二人に向けて落下する。

「ふざけんなよ」とエリオット。

 爆発で出来た瓦礫の下にいた。暗く狭い。身体を動かすことも出来ない。

 アンナの息遣い。すぐ上にいた。顔がある。

「朝日が見えない」

 アンナが言った。

 身体が密着している。

「嫌いなんだろ? 朝日」とエリオット。

「お前の顔より、マシだ」

「月並みでごめん」

「月にも並んでない」

「とにかくごめん」

「息がきもい。お前が呼吸すると顔にかかるからやめろ」

「死ねっていうのか?」

「ものわかりがいいな。助かる」

「早くいつもの怪力でなんとかしてくれよ」

「ものには限度ってものがある」

「どういう意味だ」

「つまり無理ってことだ」

「あんたときたら、もう」

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