9-4

 保管庫を出て、地上へ。

 ローゼンベルク修道院の中庭に出た。

「そうか。今は昼間なのか」

 明るい空の下だった。

 エリオットは日付も時間も、どちらの感覚も消えている。

「ロドマンがいるぞ」とアンナ。

 井戸の横にロドマンが立っていた。

「あの人に連れて来てもらったの」

 ニーナが言った。

「いい奴だったか?」とエリオットが聞く。

「丁寧な人だったよ。食事も振舞ってくれたし」

「ならいい」

「おい、貴様らルーベン様がお待ちかねだ」とロドマン。

 逆光で眩しそうな顔をしていた。

「ちょっと気まずいな」

 エリオットが笑った。邪悪な笑みだ。

「これからルーベンに会うのがか?」とアンナも言った。

「最後に頭巾も取っちゃったし、気づいてるだろうよ」

「去年の阿片事件で、ルーベンが私たちに手を貸したのもこの為だったのかもな」

「けど俺たちをあの時、殺しておけば、少年を愛する老人だとばれずに済んだぞ」

「そしたら誰が惑星の書を回収する」

「とはいえ、惑星の書を使用済みにしたのは俺たちだ」

 過去で惑星の書下巻を使って、この時代に戻ってきた以上、エリオットとアンナがこの時代で追っていた物は使用済みだった。「俺たちがいなければ使用済みにならずに済んだ。悲しいよ」

「何の力もないゴミを追っていたんだからな」と手に持った惑星の書を見てアンナ。「だがな、ルーベンにとっては使用済みかどうかなんて最初からどうでもいいんだよ。秘密が秘密のままであること。そして惑星の書下巻が私たち以外の誰にも使用済みと気づかれずに、保管庫に戻ってくることが大事なんだ。結局、トマスだって惑星の書が使用済みと気づかずに盗んで、アントーニオだって最後まで気づいていなかった」

「うわー。頭が混乱してきた」

「女の誕生日すら覚えられない頭には難しいかもな」

「いや、おい、待て待て」

「なんだ? 馬鹿」

「だけどさ、待てよ。少年愛の秘密のままで、使用済みでもかまわないから惑星の書が手元にあることをルーベンが望むなら、俺たちはどうなる?」

「ねぇ、少年愛ってなに?」とニーナ。

「あそこにいるロドマンは美少年を犯してる」

 エリオットが指差して言った。

「マジ? いい人だと思ったのに」

「人って見かけによらないからな。で、話戻すけど、俺たちやばいんじゃないか? アンナ」

「やばいって?」とアンナが言う。

「惑星の書を回収した俺たちはもう用済みで、秘密を知る危険分子ってわけだ」

「冴えてるな」

「たぶん俺たち消されるな」

「また冴えたこと言ったな」

「逃げないか?」

「どうかな。会ってみるのも悪くない。というかここで逃げても何の解決にもならない。ここまでやって一生逃げて暮らすのか?」

「おい、ロドマン。ルーベンさんはどこだ」

 エリオットが聞いた。

「祈祷室にいる。今は祈りの最中だがあんたらは別だ。優先しろと言われてる」

 ロドマンが言った。「こっちだ」

「刺客とかいないよな?」とエリオット。

「なんで? 惑星の書を回収したんだろ? あんたら」

「だから聞いた」

「そういう輩の手配は頼まれてないから安心しろ」

「らしいぞ」

 アンナが言った。「行くしか――。ん?」

 回廊を数人の信者たちが駆けていく。

 慌しい様子で、その内の一人がロドマンに駆け寄ってきた。頭を剃りあげた若い修行僧だった。灰色のローブを着ている。

「なんだ? 何があった」とロドマン。

 若い修行僧がロドマンに耳打ちをする。

 ロドマンの顔色が変わった。険しい顔をして、若い修行僧に「本当か?」と聞き返す。

 若い修行僧は頷く。

「どうした?」

 アンナが聞いた。

「いや――」

 ロドマンは言葉を切る。言おうか言うまいか迷っている様子だった。

「緊急事態か?」とエリオット。

「そうだ――」

「何があったんだ」

 アンナが追求する。「私たちに関係のあることか?」

 ロドマンは呼吸を整えてから、エリオットとアンナを顔を見る。

「ルーベン様が死んだ」とロドマンは言った。「祈りの最中に倒れて、そのまま逝かれた」

「そうか」とアンナ。「これ返しとく」

 惑星の書下巻をロドマンに渡した。

「気の毒に」

 エリオットが言った。「愛に溢れたいい人だった」

「俺の気が変わらないうちにここを出ろ」

 ロドマンが惑星の書下巻を持って言った。「あんたら命拾いしたな」

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