6-6
スハール・ジーン要塞についた。夕方になっていた。陽が落ち始めている。
二重の入り口と城郭に、張り出し小屋、対称になるよう配置された見張り円状の塔と、周りに掘られた壕。
中庭の様子は外から決して伺うことは出来ない。城壁から張り出した小屋には、常に人影。見張り台には大砲が構えている。
「潜入するのか? ここに」とエリオット。
距離を置いて木陰から眺める限り、ここに潜入するということは宣戦布告と同じ意味だと考えていた。
「そんなの無理でしょ」
ニーナが言った。「これ、要塞だよ」
「盗賊に侵入できない場所はないんだよ」とデイジー。
「釜の中から出れないくせに」
エリオットが言った。「アンナ、どうする?」
「正面から行けばいいだろ」
「悩みでもあるのか? 自殺したいなら止めないけど」
「そうじゃない」
「俺は自殺したくないんだよ。正面突破は無駄死にするけだ」
「単純に、アントーニオの件だ、と言えばいい」
「殺されないか?」
「それはない。向こうはこっちがどういう情報を持つか見定めるまで殺しはしない」
「俺たち何の情報も持ってないぞ」
「問題があるとすればそこだな」
「金がないのに飯を食いにいくわけだ。入るのは簡単だ」
「だが出るのは難しい。逃げ足が肝心だぞ」
■
入り口に行き、衛兵に「アントーニオの件だ。イアン・ベネット将軍に繋いでくれ」と言った。
「思ったとおりだろ?」とアンナ。「正々堂々と入る」
中に入れた。跳ね橋が落ち、扉の小さい徒歩門が開いた。二枚の落とし戸を抜け、廊下へ。天井を見ると穴が開いていた。殺人孔だ。侵入者がいれば、杭や熱湯、矢などが落ちてくる。
中庭に入ってすぐの詰め所に馬を繋いだ。
夕方なので訓練場に兵士の姿はない。囲んでいる城壁を見ると、小さな切れ目、射眼からの視線が確認できた。
「見られてる」とエリオットは呟く。
「お前、釜持ってるし、笑われてんだろ」
アンナは言った。
今のところデイジーはおとなしい。ずっと釜の中で黙っていた。
案内されて中庭の奥にある城へ入った。狭い螺旋階段を上がり、城主の待つ最上階へと向かった。
「なんだかわくわくしちゃう」とニーナ。
「なんで楽しそうなんだよ」
エリオットが言った。「どいつもこいつも」
■
城主のイアン・ベネット公は右目に眼帯をしていた。四角い顔をして、頭の髪は薄い。頑固そうな顔立ちだが、背が低く足が短いので、どこかちぐはぐな印象がある。
エリオットたちはテーブルに腰掛けていた。城とはいえ、ここは要塞だ。豪華絢爛なテーブルでも椅子でもない。何の意匠もない木材のテーブルと椅子だった。
エリオットはテーブルの上に、デイジーの入った釜を置いていた。テーブルの上には釜しかない。
「アントーニオの件と言うことらしいが――、どういうことかね?」
イアンが話を切り出した。椅子から立ち上がって、演説のするように間を置いて話す。
「彼がモロウ・リー盗賊団の新しい団長になったのは知っているな?」
アンナが喋り出した。
「それで」
否定も肯定もしない。ただアンナの偉そうな口ぶりに眉を顰めてはいる。
「私たちはラナ教長老派の命で、奪われたある秘宝を取り戻すために動いる」
アンナが、ルーベンの紹介状を取り出した。
イアンはそれを受け取り、内容を読み始める。
「私はサウスターク正方会の人間だ。長老派ではない」とイアン。
ここサウスタークでは、長老派は少ない。この国での主流派は同じラナ教でも正方会だ。
「これは身分証みたいなものだ。お前似に何かを強制するものではない」
アンナは戻された紹介状を受け取る。「それで、イアン、お前はアントーニオと取引をしたな? その内容を教えて欲しい」
司令官をお前呼ばわりとは。
「そんな必要ないとは思うが」
「我々は、何も見逃しはしないぞ、イアン・ベネット君。モロウ・リー盗賊団の隠し財宝を手に入れたのはお前だ。そして私たちから盗まれた秘宝も貴様が手に入れたんじゃないのか? イアン、貴様が全ての糸を裏で引いていた」
お前が貴様になった。
「証拠もないのに告発か」
「ニーナ、出せ」
アンナが言うと、ニーナが千切れた旗をテーブルに放った。
「これをどこで拾ったと思う? 貴様の旗手は仕事を果たしていない駄馬だな」
「私の軍の旗には間違いないが、証拠ではない」
「長老派は黙っていないぞ。これは問題になる。正方会との対立が、お前を中心に激化したら名家が傷物だ」
イアンが黙った。
アンナは続ける。
「お前が手に入れたものはそれでいい。だが私たちのものは返してもらう」
「ない。長老派からは何も奪っていない」
「それで済むと思うか? こっちは紹介状を持った公式団だ。火はついてる。あとはどこを燃やすかの話だ」
相変わらず流暢な脅し文句だ。「私が、最初に何を言ったか思い出せ、イアン・ベネット」
「取引の内容だな」とイアン。
「記憶力は良いらしい。感心だぞ」
「アントーニオは、財宝と手柄を私に寄越した」
「鶏にもわかるように言え」
「モロウ・リー盗賊団の財宝と、壊滅の手柄だ」
イアンの話の間がなくなった。演技をする余裕がないらしい。神経質っぽく小刻みに口を歪ませる。
「お前は何を差し出した。交換があって取引だろ?」
「それがあんたらの秘宝回収に重要だとは思えない」
「情報の価値を決めるのは私だ」
アンナは一歩も引かない。「お前は喋るだけだ」
「鍵だよ」
それからイアンは舌打ちをした。「鍵を渡した」
「何の鍵だ」
「鍵は鍵だ。ベネット家に受け継がれてきた鍵だ。どこの鍵で何が手に入るのかも知らない。古いもので、情報もほとんどない。だが――」
「だが、なんだ」
「アントーニオは鍵の使い道を知っている」
「そりゃそうだろうな。もったいぶって言うことでもないだろ」
「これでいいのか?」とイアンが確認する。
「お前は鍵を渡したんだな」
「渡した」
「どこへ行くとか言ってなかったか?」
「何も。聞いてもいない。取引きはそれだけだ」
「役立たずめ。もう帰る」
アンナが言った。
イアンの一息が聞こえた。
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