1-4

 ウトラに着いた。

「本当に一日かかった」

 朝日が目に染みた。エリオットは馬から降りる。太陽の手前に、小さな村が見えた。「疲れたか?」

 アンナは相変わらずだ。昨日会ったときから変わらない。

「俺はあんたとは違う。眠りたい」

 一度だけ仮眠を取った。地べたに横になっただけ。疲れが増した。

「腹も減っただろ?」

「よくわかったな。心が読めるのか?」

「知性と豊かな想像力だ。行くぞ」

「警戒されるだろうな」

 家は二十もない。畑と家畜。積み藁、痩せた牛、くすんだ色の毛を蓄えた羊。乾いた土に枯れ葉と細い木。村の中心には教会がある。

「あんたら、どっから来た?」

 村人が、エリオットとアンナに声をかけてきた。白い髭、赤い鼻と頬。皺くちゃで大きな顔に、やせた男だった。

「向こうだ」とアンナが来た方向を指差す。

「それじゃ答えになってない」

 村人は言った。「どの街だ?」

「マリアノフだ」

 エリオットが言った。

「それじゃ司祭様の知り合いか?」と村人。「あんたら名前は?」

「エリオットだ」

「アンナだ」

「わしはロベルト」

「ロベルト、あんた今、司祭って言ったが――」とエリオット。

「トマス司祭のことだ」

「知り合いだ」

 アンナが言った。「トマスの遣いで来た」

 アンナはこういうとき、嘘を吐くことに躊躇いがない。

「だったら教会で祈ってくれ。コリーンがいなくなったんだ。無事に戻ってくれるよう祈ってくれたら、そりゃ心強い。きっとクロードも喜ぶ」

 コリーン?

 クロード?

「いなくなったって?」

 アンナが言った。「何かあったのか?」

 事件の匂い。しかも複雑な感じがする。一筋縄ではいかないと思ったが、やはりそうだった。

「コリーンがいなくなったんだよ。ある日、突然、ぱたっと消えた。今日も朝から教会でクロードが祈ってるから、一緒に祈ってやってくれ」

「わかった。ありがとう」とアンナ。

 村人と別れて教会へ。


   ■


「コリーンか。名前からして女だろう。今回の件と関係あるかもしれない」

 村の教会へ向かう途中、アンナが呟いた。

「この村に来て正解だったな」

「私が何かを間違えたことがあったか?」

「いや、ない」

 反論するのも面倒だ。同意しておく。

 教会に着いた。

「クロードにはなんて?」とエリオット。

 扉の前に立ち止まった。

「私たちはトマスの遣いでいいだろ。話を聞いてやれ」

 扉を開けて中へ。

「人を救うのか。楽しみだなぁ」


   ■


 埃が舞う。差し込む光に照られて、帯になり漂った。手入れが行き届いている教会ではない。わざわざトマスが来ていたくらいだから、常に誰かがいるわけじゃないのだろう。

 礼拝堂の奥、ラナ像の前には祈りを捧げる男の後姿。入ってきた、アンナとエリオットの物音にも気づいていないのか。一目も見ようとしない。

「クロードか?」とアンナ。

 背中へ近づく。小さな男だった。

 ゆっくりと祈りを捧げていた男が立ち上がった。振り返った顔。目元から頬の皺、鼻の下には髭、頭頂部が禿げていた。小さな豆のような顔をした男だった。

「そうです。あなたたちは?」

 表情は暗い。クロードはコリーンの何だ? 旦那か? 兄か? 父か?

「私はトマスに派遣されてきた。長老派のロードス騎士団の者だ」

 名前は明かさない。「トマスからこの村の力になるようにと言われている」

「トマス様は?」

「病気だ」

 アンナがそれ以上の質問を許さない口調で言い切った。「トマスは来ない」

「それは――」

「熱心に祈りを捧げられていると伺いました」とエリオット。「何かあったのでしょうか?」

「実は――」とクロード。

 三人は長椅子に移動した。

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