1-5

「コリーンは私の一人娘です。もう二十二歳で、そろそろ結婚か、なんて話もしていました。私は農家です。この村の畑はモーナさんのもので、私たちはそれを耕して生きています。正直、厳しい生活です」

 どこもそうだ。郊外の村は、都市に住む権力者たち領地の場合がほとんど。畑を耕して収穫をしても所有権はなく、税として収める必要がある。

 アンナを見る。退屈そうな顔をしていた。涙を堪えながら話すクロードは確かに面白みに欠ける。

「それがある日、突然いなくなってしまったんです」

「いつだ」とアンナ。「エリオット司祭に全て話してくれ。祈りを捧げてくれる」

「えぇ。任せて下さい。私、実は司祭です」

 エリオットは戸惑いを隠し、表情を固めた。「クロードさん。あなたの信仰心は存じ上げています」

「今から七日前です。朝起きたら家からいなくなっていました」

「他に兄弟とか親戚は?」

「いません」

「あなたの妻は?」とエリオット。

「死別しました。コリーンが六歳のときでした。そのときからあの子は本当に賢明に育ってくれた」

「それはすいません」

「いいんです」

「夜のうちに消えた?」

 アンナが言った。

「はい。その晩、いつも通りに眠りについて。朝にはもう――」

「心当たりは? 何か厄介ごとに巻き込まれていたりとか」

「いや、それはないです」とクロード。アンナとエリオットの顔を見る。

 含みのありそうな口調だった。

「些細なことでもいい」

 アンナが言った。「娘さんを取り返したいんだろう?」

「厄介というほどではないのですが――」

 やはり何かを隠していた。

「秘密は守ります」とエリオット。「私は司祭です」

「娘は、夜になると時折ですが、どこかへ出かけていました」

 クロードが打ち明けると、アンナが舌打ちをした。

 失踪と絶対に関係がある。

「どこへ? 頻度は?」

 アンナに質問させると、まとまる話もまとまらなくなりそうなのでエリオットが聞く。

「どこへかはわかりません。頻度は月に一回とか、二回とか。毎晩出かけることもあれば、ぱたっと行かなくなることもありました」

「あなたは許可してた?」

「知らない振りをしていました。妙齢の娘で隠したいこともあるでしょう。はしたないと思われるかもしれませんが、それで結婚相手が見つかればいいと思って」

「どこへ行ってたかは知ってるか?」

「わかりません。けどあのとき、私がしっかり話しておけば、こんなことにはならなかったのかもしれない――。そう思うとやりきれなくて」

「コリーンが消えた夜も、どこかへ出て行ったのか?」

「はい」とクロードは小さく返事をした。

「相手は知ってるか?」

「わかりません。ただピーソーがコリーンのことを好いているのは知っていました。もしかしたらピーソーかもしれない」

「ピーソーは?」

「この――、ウトラの村長の息子です。コリーンは相手にしてなかったけど、ピーソーはうちの娘が好きだった。あの――、私がピーソーのことを言ったことは秘密にしてくれるんですよね?」

「奴は村長の息子で、あんたは村人。あんたの立場もわかる」とアンナ。

「ピーソーはどこに?」

「教会を出て、右手に行けば大きな屋敷がある。そこが家です」

「なるほどな。ありがとう、クロード。娘は見つける」

 アンナが立ち上がった。

 合図だ。

 クロードを残して教会を出た。


   ■


 教会を出た。村が動き出していた。人の姿が点々と見える。

「どう思う?」とアンナ。

「トマスとコリーンが消えた。男と女だ。ある視点に目を瞑れば駆け落ちの線もある」

 エリオットは言った。

「ある視点に目を瞑る理由は?」

「面倒だから」

「避けては通れないぞ。それが私たちを呼んだんだ」

「惑星の書だろ。駆け落ちなら、わざわざ魔導具を盗む必要がない」

「コリーンが賊という可能性も薄いな。クロードのあの感じ。私たちが来ることなんて知らないで朝から祈っていた。本物の親子で、娘の心配をしていた」

「同時に二人が別件で消えた?」

「可能性はある。だがそう考えて何になる?」

「だよな。まずはピーソーだ」

「どう思う? 認識を合わせたい」

「知るか」

 そこに最初に出会った村人が通りかかった。「おい、あんた」とアンナが呼び止める。

「なんだ」と村人。

「ピーソーってどんな奴だ」

「あいつはダメだ。穀潰しだ」

「わかった。ありがとう」

 二人は歩き出した。

「犯人はピーソーかもな」

 アンナが言った。

「安易過ぎるだろ」

「ゴミなんだろ?」

「穀潰しだ」

「だが穀潰しはゴミだ」

「世の真理だよな」とエリオット。「せつないよ」

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