8-2

 納屋に屋根はない。壁も三方が崩れて、骨組みだけになっていた。扉ももちろんない。

 その前にアントーニオがいた。

「おい、クソ野郎、寒くないのか?」

 アンナが声をかけた。

 アントーニオと崩壊した納屋の間には、惑星の書が置いてある。惑星の書は開かれて、空に向かって光を放っていた。

「近づけなさそうだな」

 エリオットが言った。

 惑星の書が放つ光は球体となって、施術者のアントーニオと崩壊した納屋を包み込み結界を張っている。

「あんたらか。しつこいな。デイジーもいるのか」

 両手を組んで惑星の書に向かい施術を試みながら、アントーニオは言った。

「アントーニオ、過去に行っちゃいけない。あんたは知らないほうがいい」

「デイジー。父さんと母さんを救いたくないのか?」

 アントーニオが言った。

 デイジーは黙る。答えない。

「言い返さないのか? 救いたくないって」とアンナ。

「それよりどうやってアントーニオから下巻を取り戻すんだ。あの光の中にいちゃ返してくれそうにもないぞ」

 エリオットは足で石を光に向かって蹴った。石は結界に弾き返された。

「下巻だけ返せ。その上巻はもういいから」

 アンナが言った。

 ついにアントーニオも何も言わなくなった。

「術に集中してる」とエリオット。

「あの人、ちょっと身体が震えだしてるよ」

 ニーナが続く。「なんか怖い」

 光が強まってきた。ひと呼吸程度の時間で、強烈な強さになる。

 空が昼間のように明るくなった。

「仕上げだな」

 アンナが呟く。

 アントーニオの前に鏡のような輪が浮いていた。輪の中に映し出されたのは、その輪郭の外にある廃れた村と崩れた納屋とは違う風景だった。

 そこには、しっかりとした納屋があった。雪も降っていない。夕暮れ時の赤く染まった村の景色だった。

「あれって、過去の景色なのか」

 エリオットは言った。

「たぶんな」とアンナ。

「アントーニオ。行っては駄目だよ、あんたは本当のことを知らなくていいんだ」

 デイジーが叫んだ。

「待ってろ。全てを変えてくる」

 アントーニオが輪の中に飛び込んだ。過去へ行った。

「行っちまった」とエリオット。

 アントーニオが過去へ行き、結界が崩壊、輪が収縮し始めた。それに合わせて空を向いて開かれていた惑星の書のページが捲られ閉じていく。

「本だ。ページを閉じるな、輪が消えるぞ」

 アンナが声を上げた。「あれを開き続けろ」

「おい、まさか行くのか?」とエリオット。「過去だぞ」

「行くに決まってるだろ」

 アンナが叫んだ。「目的の為ならどこでも行く」

 クソ。相変わらずだ。イケイケ過ぎる。

「どうやって戻ってくる」

「行ってから考えろ」

 アンナは駆け出した。本が閉じられていく。

 エリオットも続く。

 惑星の書のページがはためく。施術者が過去に消え、輪が小さくなる。

「クソったれ」

 間に合わない――。

 飛び込んだ。

 もう数ページしか残ってない。惑星の書と輪が閉じる。

 ダメなのか。

「エリオット、行って」

 風が吹いた。エリオットの頬を撫でる。そよ風程度の弱い力だ。

 振り返る。

 ニーナが指先を惑星の書に向けていた。

 魔導で風を起こしていた。

 閉じられていくページがふわりと宙で揺れ、止まっていた。

「役に立ったな」とアンナ。

「あそこにいる風の魔導士、俺の元カノ。自慢だよ」

 エリオットが言った。

「もう限界――」

 ニーナが唸った。伸ばした腕が震えている。風がさらに弱まった。「早く行って」

「デイジー、いいのか?」とエリオット。

「さっさと行っとくれ」

 デイジーが吼える。

「ニーナ、よくやった」とアンナ。

「みんな絶対に戻ってきてよね」

 ニーナが力尽きた。

「必ず戻る」とエリオット。

 エリオットとアンナは過去へ飛び込んだ。

 風が消え、惑星の書が閉じる。

 過去に繋がる輪は消滅し、雪の降る果てた村にニーナだげが残った。

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