ep5.××主義者の誓約-02


 これはある少年の話だ。



 少年はある不慮の事故により最愛の恋人を亡くした。

 誰よりも……何よりも愛していた人を、いつの間にか失くしていた。

 少年は気が付くと彼女を抱えて自室に立っており、静かに涙を流していた。


 誰にも見られたくない。

 そう少年は考えたが、それはつまり他の人に恋人を見られて彼女の死を言い渡されることを拒みたかったのだ。


 幸いにも少年の家庭は一般家庭より裕福であり、部屋の空きはいくらでもあった。

 また秘密事についても理解のある家だったおかげで、恋人をしばらく近くに置くことも出来たのだ。



 だが現実は現実、結果は変えられない。

 恋人の両親にも事実を告げなければならない。

 それが自分の役目だと思うと、気が重くて仕方がなかった。




 しかし恋人を失ったばかりの少年は更なる〝現実〟に打ちのめされる。

 恋人の死を告げに言ったところ、彼女の家族はこう言った。


「いなかったことにしますので」


 どういうことですかと尋ねると、そのままの意味ですよと返された。

 恋人の家のことを知らなった少年はその時初めて、彼女は大手企業会社の末っ子だったと知る。

 そして彼女の家での立場は、ないに等しいものだった。


 有能な兄弟達に比べて随分不出来だった。小さい頃から物覚えが悪く、将来性を感じなかったからいなかったことにした。

 この子はいてもいなくても我が家の未来は変わらない、家には既に安定した未来が約束されていた。

 だったら家族でいる必要はない。雑用係として置いておけばまだ役に立つかもしれないんじゃないか?


 しかしそんな雑用係が事故ならともかく〝殺された〟となると、それを世間に公表する訳にはいかない。

 うちの名前に傷をつける訳にはいかないんだ、それもたかがあんな子供一人の為に。

 葬式なんてあげませんよ、もったいない。欲しければ差し上げましょう。



「あんなもの、初めからいなかったのですから」





 少年は何も言えないまま、恋人の家から追い出された。

 彼女の家は、彼女の家ではなかった。

 いなかったのだ、と彼等は言っていた。



「……何が?」



 彼女なら、この世にいるじゃないか。

 少年はすぐ自宅に戻り、ベッドに眠る恋人を確認した。

 ドライアイスで防腐処置をしている為触られることを禁じられたが彼には関係なかった。



「いないなんて嘘だ。ここにいるじゃないか」



 肌の血色が悪いだけ、体温が低いだけ、瞼を開けないだけ、肺が動いていないだけ、心臓が動いていないだけ、脳が動いていないだけ……。



 ただそれだけじゃないか。

 たったそれだけ、僕等とズレているだけだ。



「いるよ、きみはここにいる。僕には見えているし、こうして触れる」



 固まった彼女の手を取ると、皮膚にドライアイスが張り付いた。

 構わず少年は彼女の手を握ったまま、彼女の柔らかな髪を撫でる。



「……でも、そうか。このままだと……」



 焼かなければならない。

 それは彼女をこの世から消してしまうことに感じた。

 彼女がいなくなる……? あの人達が言っていたように、いなかったことになってしまう……?



「そんなことさせないよ」



 思い立った少年は電話をとると様々な業者を辿り、まずは恋人の傷を直すことにした。

 ドライアイスの一時的な防腐処置ではなく、もっと長い期間保存出来、更に傷の修復などもしてくれる技師がいると聞いてすぐに呼んだ。

 技師の手にかかると恋人はみるみる元の姿になっていき、あの透き通るような白い肌がまた見られた時には思わず涙が出た。



「しかし××様、この状態も永遠ではありませんよ? 人の身は、いずれ朽ちるものなのです」



 技師にそう言われると少年は更なる方法を求めた。

 彼女をいなかったことにはしたくない、彼女をこの世に残す為に。

 少年は文字通り、何でもした。

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