ep3.秘密主義者の告白-05


 突然だが、仁木三年生の家は大金持ちだそうだ。

 父親が起業家で成功したらしく、安定した幸せで裕福な生活を送っているらしい。

 親は息子に会社を継げとは言わず、そして息子も継ぐとは言わず、最低限の成績(といってもその最低限とは全国模試十位以内らしいので最低の基準はおかしいが)をとることを条件に進路を自由にさせてもらっていた。 


 しかしその息子、仁木は「どんな道に進もうと結局僕は会社を継ぐと思うけどね」と他人事のように話している。



 そんなお坊ちゃんは地元の公立高校に合格。

 いうまでもなく学年首席を……という予想は外れ、新入生代表には立たなかったらしい。自分のことは何もかも隠して、高校生活を謳歌しようと思っていたと彼は供述している。


 高校一年生の生活はめまぐるしくどんどん季節はすぎ、華の文化祭の最中に彼は高校生らしく好きな人が出来て、告白をして、めでたくその想いを叶えたそうだ。


 彼女の名前は伶七といい、高校生らしからぬ大人びた美しい生徒だったと仁木は語る。しっかり者で合理主義で、そして少し厳しい女性らしい。

 あまり笑顔を見せないのを不思議に思い問い詰めたところ、笑顔を誰かに見られるのが恥ずかしいんだと照れていて可愛いかったよと惚気もした。


 それから二人は二年生となり付き合い始めて半年がたった頃。

怜七があることに気付いた。

 仁木の世間知らずさとどん臭さを。



「せめて普通の人並みに生活が出来ないでどうするの、って怒られちゃってね」



 彼は嬉しそうに笑って話した。



 世話焼きでもあった怜七はそれから仁木にあれを出来るようにこれを出来るようにと教え初め、普通の高校生に必要な一般常識や生活力を育てていったそうだ。

 しかし誤算が一つ。仁木の手先の不器用さだけはどうにもカバー出来ず、卵1つろくに割れないと発覚した時は怜七も頭を抱えたらしい。

 殻にヒビを入れて、そこから割るんだと何度教えて何度一緒にやってみても……。



「卵潰れちゃうんだよねぇ……黄身ごと」



 随分卵を無駄にしたのだが、失敗した全ては殻を取り除いて怜七が卵焼きを沢山作ってくれた。そしてもちろんそれを片付けるのは仁木だ。


 まずは卵を綺麗に割って目玉焼きを作れるくらいにはなりましょう。

 と、怜七先生が宿題を出す。

 はい先生。

 と、仁木は胸を張って答える。

 真面目に聞けと叱られたらしい。


 ところで卵焼きには何をかける? 僕は醤油なんだけど、と定番の質問を切り出すと怜七は塩に決まっているそれ以外は認めないと言い始め、くだらない談議に花を咲かせた。

 結局、卵焼きに何をかけようと個人の自由であって他人がとやかく言うものではないなという結論に落ち着いたそうだ。


 そんな会話をふと思い出しながら、仁木は夕方の買い出し中に卵のパックを手に取った。

 春休みの間でも変わらず両親は仕事で忙しく、夜にならないと一緒に過ごすことは少ない。

 朝と昼は自分で食事を作るようにしているが大体いつもお手伝いさんが途中から見ていられないと交代してしまう。


 しかも春休みに入る前には歪ながらも目玉焼きに成功した仁木だが、じゃあ次は弁当を作れるようになろう。中身は何でもいいけど、白米一色はダメ。と怜七先生から新たな課題を課せられてしまったのだ。

 仁木も初めは弁当なんて別に作れなくても何の問題もないだろう!? と抗議していたのだが、怜七からの「仁木が作った弁当、食べたいな~」という一言で手のひらを返した。

 彼女からのおねだりなんて滅多にないのだ。弁当くらい……! と意気込んでしまったのだ。


 結果、大変な目に遭っている。



「春休みが終わるまでには何とか形になるようにして、怜七をびっくりさせようと思ってたんだ」



 だからその日の買い出しはその特訓の為の買い物だった。


 その日の帰り。

 三月ももう終わる頃だったが日が暮れるのはまだ早かった。スーパーを出た時には空がオレンジと紫のグラデーションになっていて、気温もぐっと下がっている。

 早く帰らないとお手伝いさんにまた心配をかけてしまう、と彼は足早に帰った。

 買い物袋をガサガサと鳴らして、近道を通る。街灯の少ない細道だがちゃんと舗装された歩道だ。


 だがその道中、冷たい空気の中に生暖かい空気を感じた。

 気のせいだと初めは思った。

 しかし、何だか嫌な胸騒ぎがしたのだ。




「不慮の事故、だったんですよね?」



 唐突に閑が口を挟むと、仁木は「そうだよ」とゆっくり頷いた。



「僕はその胸騒ぎに背中を押されるように、迷わずそこに着いたよ」



 歩道の両手には草木が生い茂り、その周りを住宅が囲んでいる。

 少しでもここで騒ぐと近所から苦情が来るような場所だ。

 そしてこの歩道は大通りから入り真っ直ぐ抜けると仁木の家に辿り着くルートにもなっている。


 だからどうして彼女がここで倒れているのかはすぐに察しがついた。彼女の家は駅を二つ超えたところにある。

 肌寒い空気を忘れるくらい、体が熱くなった。

 手から滑り落ちた買い物袋が地面に叩きつけられ、中の卵が割れてしまう音が聞こえた。



「あれは事故なんだ……不慮の、不幸の……」


 名前を呼んでも起きない彼女に触れると、すっかり冷たくなっていた。

 地面に横たわる彼女を抱き起しても、彼女は目を開かない。

 何度頬を撫でても長いまつ毛は揺れることなく、赤い唇が震えることもなかった。



「怜七はね、休学扱いになっているんだ。……でもそろそろ退学に切り替わる。いつまでも誤魔化せないからね」

「……他に誰か知らないんですか?」

「言ったろ? 吉良や浅師に話したら口を滑らせて誰かに言ってしまうかもしれないから」

「じゃあ、まさか俺だけ?」

「閑君は言わないでいてくれると思ったんだ。それに、もういい加減誰かに聞いて欲しくて」



 それは大きな間違いだと閑は訂正したかった。

 誰にも言わないのではない。それを話す相手がいないだけだ。



「その怜七さんを轢いた相手からはちゃんと金とりました? ちゃんとやってやんねーと」

「? 轢かれてはいないよ、怜七は」



 仁木はキョトンとした顔で首を傾げる。

 だって不慮の事故って言ったじゃないか。じゃあアレか、何かの下敷きにでもなったのか。



「ところで一つ、閑君に聞きたいことがあるんだ」

「……何ですか?」



 閑が聞き返すと仁木はしばらく俯いて、自分の両手を擦り合わせていた。

 それから指を順に交差させてぐっと握り合わせると、顔を上げて優しい顔で問う。



「『雨男』っていう殺人鬼、知らないかい?」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る