ep3.秘密主義者の告白-08


「すんませっ……」



 「巡回中」の立て札が閑を拒む。



(ふざけんなよ!! タイミング考えろよ公務員!!!)



 どこか人のいるところへとも考えたがあの男がむき身でバールを持っていたことを考えると二次被害の恐れが大きすぎる。

 それに「雨男」はじめそっち方面の問題からあの男が狙って来ているなら普通の人間なら太刀打ち不可能だ。



(どこか、隠れられる場所……でも家がわかってんなら戻れねーし……今日は日曜となると……)



 学校は、と思ったところで思い出した。ならいつでも鍵が開いていると。


 気は進まないがそこに逃げ込むしかない。

 閑は学校方面へ走りながら唯一ポケットに入れて来たスマートフォンを出す。

 助けを呼ぶか? 誰に?

 警察にまず通報? 警察が到着するまでにどれくらいかかる?

 それとも原因を探るか?

 吉良に「何か原因を作らなかった」と問い質すか?

 

 恐らく狩野窪絡みの男ではないだろうと推測する。

 彼女は一応こちらを「友達」だと認識してくれていて、「友達は殺したくない」から殺さないでいてくれるのだ。


 だとすると吉良絡みではないかという疑いが強くなる。

 あの無差別殺人鬼は誰に怨みを買ってもおかしくない。



「あんな、奴の、せいで……殺されて、たまるか……」



 流石にずっと全力疾走は出来ないか、とスピードを緩めて校内に入る。

 日曜に活動中の部活はなく、鍵がかかっているが裏門は背が低い為簡単によじ登れた。

 そして非常階段を上り、四階のドアノブを捻るとドアが開いた。

 昨日の内に手を加えておいてよかったと心から安堵する。



「あの非常階段の鍵はねぇ、かけられても誰かしらがいつも細工するんだよ。だから頻繁に開いてるし、先生も頻繁に閉めるし、いたちごっこなんだよね~」



 という言葉を吉良から聞いて閑は早速行動に移したのだ。

 しかも誘うと吉良も快く乗って来た。基本的に悪だくみが大好きな性格らしい。

 吉良が用務員室から盗み出した鍵を使い、開錠。そしてドアに鍵を差して捻っても中の錠が動かないようにバカにしておいた。



(そんで、他の教室は閉まってんだろうけど……)



 社会科準備室は土日関わらず鍵が開いている。だからいつ来てもOK。


 まさかここにきて吉良の言葉が役に立つとは……と閑は足早に準備室へ入った。

 相変わらず資料、本、プリントの山だがその中に長椅子がある。

 準備室の鍵を内側から閉めて窓の鍵も念入りにチェック。

 そして長椅子の下に潜り込み、息をひそめた。



(隠れたはいいが……夜まで待つか、それでも足りないなら明日までだな)



 夜になれば家族が家に帰って来て、玄関を見れば息子の身に起きている危機を心配してくれるだろう。

 子供の自分が警察に電話をして「今命を狙われて追われてる、助けてくれ」と言っても信用してくれるかどうかは正直自信がない。


 明日になれば生徒や教師が学校にやってくる。

 この部屋を頻繁に使用している仁木に頼めばどうにか手を貸してくれる可能性もなくはない。



(だがまずは……誰かにSOSを…………)



 とそう思いながらアドレス帳を開いて悲しくなった。

 家族以外の登録者がいない。


 なんてことだ。

 こんなところでぼっち属性を発動しなくたっていいじゃないか。



(あ? いやいや、何で「吉良」が登録されてんだよ)



 そして登録した覚えがない、というか登録したくもない名前が登録されていることに固まる。

 いつの間にやられたんだ? 全く覚えがない。

 だが家族に助けを求めると、自分が色々と面倒なことに巻き込まれていることを感付かれそうだ。

 それはちょっと遠慮して頂きたい。これ以上自分のことを掻き回して欲しくない意地がここに来て出てしまう。



(…………く、くっそ~~~~~~~~!!!)



 不本意極まりないその判断に納得出来ない絶対後悔しかしない絶望的だもしかしたら死んだ方がマシかもしれないだが死にたくない!

 そう、心の中で叫びながら「助けてくれ」と一言だけメッセージを飛ばした。

 「雨男」に。



(早く読めよ返事寄越せよ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ早くしろ……)



 ガタッ、という音で我に返った。


 息を止め、心臓も止めようと努力した。

 ドアを誰かが開けようとしたのだ。

 しかしドアはそれきりで、次にコツコツと革靴がリノリウムの床を踏む音が聞こえるとそれは段々と遠ざかっていった。

 何度か靴音が止まったのは、他の教室も見て回っているからだろう。



(…………行ったか?)



 もしかしたら用務員の見回りかもしれない。学校に忘れ物をした生徒が校内を面白半分でウロついているのかもしれない。

 そんな願いを胸に、閑は息を殺して長椅子から這い出た。


 右も左も紙の山。

 早まる鼓動と自分の呼吸がうるさい。

 音を立てないようドアの鍵を捻り、生唾を飲み込む。

 ゆっくりとドアを引いて左右を見渡した。

 誰もいない。

 無人の廊下だ。



「……でも、誰が」



 ホッと安堵しながら廊下へ一歩出てこぼした。

 だが不安は拭い切れないし、吉良からの返事もない。

 まだもうしばらく長椅子の下に隠れていた方がいいな、と閑は気を引き締め直した。


 ゴン、と背後から殴られる。

 頭の中で反響する衝撃に、意識は落ちた。




 ――3.秘密主義者の告白 了

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る