ep4.平穏主義者の抵抗-03
プツッとスピーカーの切れる音が聞こえ、閑は糸が切れたように頭を垂れた。
酸素を脳に送ろうと深呼吸を繰り返し、冷静になれと自分に言い聞かせる。
(何言ってんだ――――――! 俺―――――!)
後悔先に立たず。
言ってしまったことはもう変えられない。
(いや確かに普通は言うべきだよな? 俺これから殺されるんだろ? どうすんだ? 逃げる? 逃げ道なんてねーだろバカか!?)
立ち上がり、何かないかと洋服ダンスを開くも中は空。本棚の本なんて武器にはならない。
さあどうする。
もちろん彼も初めは正直に狩野窪の住所を教えて自分の命を最優先に考えていた。そうすれば全てが丸く収まる、犯人の言った通りだ。
だが、と彼は考えてしまった。
(あの強情女がだぞ、俺がチクったって知ってみろ。右腕なんかなくたって……)
友達だと思ってたのに……! とベタな修羅場を迎える気はない。
しかし友情を裏切ったと思われてみろ、何をされるかわかったものではない。
右腕がなくても彼女には左腕が残る。こうして捕まってしまえば利き手でなくても刀を振るうのは簡単だ。
だからどちらにしろ、命の保証はされない。
だったら刀の錆びにはなりたくないと閑は咄嗟に判断してしまった。
(ど、どうする!? 何か……最悪手負いに出来そうなもん……!)
部屋の中をウロウロと歩き、勉強机にハサミやカッターがないかと閃いて大いに期待したが中身は空だった。
やはりここはモデルルームなのだろうか……と考えた時、聞こえ始めた。
コツ、コツ、という足音が。
「ちょ、ちょっとたんま! 待って! こ、心の準備が……! あぁもうくそ!!」
縛られている両腕を上げて肘の位置を高くし、窓ガラスに打ち付ける。
パリンと軽い音がしてガラスは割れ、何枚かは外に落ちてしまったが無理矢理手を伸ばして大きな破片をもぎ取った。
手が切れそうだが今はそんな心配より命の心配をしなければならない。
その間にも、足音は徐々に近付いて来ていた。
(入って来たのと同時に何とか回り込んでドアの向こうに抜けられれば……せめて家から出られれば電波が立つはず)
こんな状態でまともに抵抗は出来ない。
だったら今度こそ警察を呼ぶべきだ。ここがどこかはわからないが電話はどこかしらに繋がるはずだし。
(あぁくそ、てっきり吉良のせいかと思ってたのに狩野窪かよ……帰ったら絶対文句言ってやる……! そんで絶交だ!!)
帰れなかった時のことを考えようとはしなかった。
足音が、ドアの前で止まった。
「…………」
ガラスを持つ手が震える。
呼吸を止める。
ガチャン、と開錠する音が聞こえてドアノブが動いた。
(……早く来い。……出来れば油断して)
ドアが開き、その人物は姿を現した。
「……え」
凛とした姿勢で立つその姿には見覚えがあった。
黒いコートは地面すれすれで、その先からポタポタと水滴が垂れている。
足元には小さな水溜りが出来ていて、ドアノブを持つ手は黒い革手袋をしていた。
面に沿って水滴が滑り落ちる。
その人物は面をずらして、涼やかな目を見せた。
「大丈夫ですか? 閑さん」
覚えのある声と顔に、ハッと息を呑んで思わず叫ぶ。
「俺何も言ってねーからな!?」
「……泣いてるんですか?」
「泣いてない!!!!」
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