ep2.殺人主義者の友達-02


 高校入学をしてから初めての定期考査を終えると、張り詰めていた教室内の空気は和やかなものになった。

 まだ同等の偏差値である一年生の点数に大した差はなく平均点も安定。それでも返却される中間考査成績表には順位が必ずつけられる。


 学級・学年ともに一位と印刷された成績用紙が少し見えて、閑は感嘆のため息を吐いた。

 彼の隣の席の新入生代表は、本格的に授業が始まってからその本領を徐々に露わにしていったのだ。確かどの教科も最高得点は彼女だった気がする。


 それに小耳に挟んだ情報によると座学だけではなく運動神経も人並み以上だそうで、非の打ちどころのなさからますますクラスから孤立しているのが見ていて明らかだった。

 好き好んでクラスから孤立している閑と比べると、その隣の席の少女の心境たるや……。



(まぁ、俺には関係ないことだけど)



 自分の成績表を見て頷く。

 身の周りの平穏を最重要視する閑にとって、学校で行われる定期考査は大いなる敵でしかない。限られた自由の時間を勉強というものに妨害され拘束されるのだ。


 しかしそこで赤点をとって補習通知なんてものをもらった日には本末転倒である。

 だから閑の成績は中学時代から変わることなく、下の上。

 赤点ギリギリ、補習をギリギリ免れるラインだ。


 だがこうしてみると、隣の超模範的な優等生と自分との落差がヒドすぎて目も当てられたものではない。

 恐らく来週に控えている担任教師との二者面談で同じことを言われるだろう。全く気にしないが。



「閑さん」



 騒がしい教室で、真っ直ぐ自分に向けられた鈴を転がすような声に思わず顔を上げる。

 目だけで横を見ると、学年一の優等生がこちらを見ていた。



「帰りのHRの後、教室に残っていてもらえないでしょうか?」

「……」



 何故、とは聞きたくなかった。

 聞く気がないからだ。



「少し、ご相談したいことがあるので」



 どうして、何故、俺に、相談だと?



「……今日は用事がある」



 嘘だ。



「ではお邪魔にならない程度にしますから」

「……今朝お袋がぶっ倒れてな、看病しなきゃならなくなったからすぐに帰るんだ」



 これももちろん嘘。



「ではお見舞いをさせて下さい。そしてそのまま閑さんの家で話を聞いて下さい」

「……」



 どうしてそこまで食い下がるんだ、この女は。

 感情の読めない二つの瞳に見つめられ、閑は固まるしかなかった。

 多分、何を言ってもこの優等生は譲らないだろう。

 そう悟った閑は仕方なくきちんとした応対をすることにして、背もたれに寄りかかる。



「相談なら他を当たってくれ、俺じゃ何も解決出来ないだろうし」

「いえ、閑さんでないと駄目なんです」

「部活のことなら吉良先輩にでも言えばいいだろ、あの人そういうの大好きそうだし」

「部活も絡んでいますが吉良先輩では駄目です、閑さんでないと」

(マジかよ……)



 頭を抱えた。

 譲歩の「じ」の字も知らないような頑固さだ。

 ここまで露骨に嫌そうな顔をしているというのにこちらの気を汲む気配が一切ない。


 放課後に隣の席の女子から相談を受けなければならないだって?

 そんなイベント、絶対に回避しなければならない。

 本音を突きつけて斬り捨てようとも考えたが、今はまだ帰りのHR中だ。前の席の奴に聞かれでもしたら面倒なことになる。



「……聞くだけで、俺は何も答えないからな」

「ありがとうございます」

(……)



 頭が痛い。

 周りの騒がしさに紛れたおかげで誰にも今の会話を聞かれなかったが、それにしてもヒドすぎる。


 学年一の成績だから私が偉いのよ、とそういう振りかざされる傲慢さではない。

 それはわかっている。

 だがこの女の頭のネジの配置がおかしいことは確かだ。


 現に閑と会話を終えた彼女は読みかけていた本を開き読書を再開した。

 ブックカバーで表紙はわからないが、ページの上部にタイトルが書かれている。

 「異常犯罪捜査」この単語一つでジャンルの特定は可能だ。刑事ものの推理小説なんだろうが少し覗いて見ると小説本文の描写は生々しいものだった。

 そのページを読みながら、彼女の口元は緩んでいる。楽しんでいるんだ。


 そして教壇に立つ担任が「狩野窪さん」と呼ぶと、彼女は本を閉じて席を立った。

 しばらくして彼女は自分の席に戻り、再度本を開いて続きを読み始める。

 しおりを挟んでいなかったのを、閑はきちんと見ていた。


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