ep2.殺人主義者の友達-03


 HRを終えて三十分程待つとようやく教室から人がいなくなった。

 窓は全て開放されて外からの風に白いカーテンに揺られる。

 閑は机に突っ伏しながらそれを30分間ピクリともせずに眺め続け、その横で狩野窪は黙々と読書を進めていた。

 彼女の方に頭を回すと、もう二ページで読み終えそうだ。


 さて、ここからが問題だ。

 彼女が本を読み終えたところで本題の「相談」が始まるだろう。

 それについて閑は真面目に聞く耳を持ち合わせるつもりはない。

 喋りたいだけ喋らせて、満足させたらそのまま帰ればいいのだ。こちらから何かアクションをする予定はない。


 そもそもこの状況がおかしいのだと閑は改めて教室内を見回す。

 放課後の誰もいない静かな教室。

 そこに男女が一人ずつ、しかも席は隣同士。

 近頃日差しが強くなってきたが、涼しい風が快適さを与えてくれて木々の揺れる音も耳に心地いい。

 そんな青春の一ページに相応しい完璧な状況が、ここに出来上がっている。

 地獄にいる気分だった。



(何で俺はこんなことをしてるんだ……せっかくテストも終わって自由になれると思ってたのに……)



 と言ってもテスト期間中に真面目に勉強していなかった閑だから変わりはないのだが、テスト中と後とでは流石に精神的ストレスが違うものだ。

 本来であれば今頃はもう帰宅し、自室のベッドに横になり何時間も天井を見つめる幸せな時間を過ごせていたはず……。

 平穏なひと時にありつく為、これから始まる拷問に耐えなければならない。


 閑は腹を括り、体を起こした。

 それと同時に狩野窪も本を閉じ、彼の方へ体を向ける。



「それでは閑さん、ご相談なのですが……」



 さあ何でも言ってくれ、と閑は構えた。

 何を言われても大丈夫だ心配するな、何もアドバイスなんてしないし話も聞かないんだから。



「友達になって下さい」



 前言撤回だ。

 アクションをとらせてもらおう。


「……何言ってんだ?」



 まずは確認した。何を言っているのかと。



「私と友達になってもらいたいんです」

「誰に」

「閑さんに」



 言葉の裏を探りたかったがどうにも難しそうだ。

 もしかしたら誰かと何かゲームをして「負けたら罰ゲームとしてアイツに告白しろよ~」といった具合に罰ゲームを背負わされたのではないかと考えた。

 しかしよく考えてみれば彼女にはそのゲームをする相手、つまり友達そのものがいないのだ。

 だが更に考えてみると友達の他ならいたなと閑は思い付く。



「わかった、あの眼鏡に罰ゲームさせられてんのか。なるほどそれは災難だな」

「吉良先輩とは何もしていませんし、部活外では会ったこともありませんよ」



 間違えた。

 罰ゲームじゃないとしたら何だ? まさか熱でもあるのか? やはり相手を間違えているんだろう。



「熱もありませんし、間違えてもいませんよ」

「テレパスか」

「顔に書いてあります」



 どうやら俺としたことが、地獄のそのまた下にまで落とされたようだ。

 きっと狩野窪は何か思い違いをして血迷っているのだろう。

 一体何が原因かさっぱり見当もつかないが、このままでは後に控えている憩いの時間に支障をきたしそうだ。迅速に回避しなければならない。


 まず断言しておきたいのが、閑にとって友達というものは「死んでも必要のないのもの」という認識である。


 自分の持てる限られた時間を割いてまで会話をして、接触して、同調して、時間を浪費させなければならないとんでもない存在だ。

 しかもその浪費した時間に見合った見返りは一切ない。理不尽も甚だしい。

 何の為にこうして根暗で卑屈な性格を体現した風貌でいると思っているんだ。

 人を寄せ付けず、関わらせず、興味を失せさせる為だ。

 一人になる為ならどんな努力も厭わない。それを周りの人間達も察してくれていたのだ。

 それなのに……。



「……気は確かか」

「はい」



 はいと言われれば仕方がない。

 ではどのようにして断ればいい?

 友達なんて頼んでなるもんじゃないぜとか青臭いテンプレを言ってみるか、それともそもそも友達なんてものは俺には必要ないんだとか少々痛いことを言ってみるか。

 きっぱり断りたいのだが言葉を選ばずにはいられない。


 仮にも相手は異性であり、学年一の優等生、おまけに美少女だ。

 誰かが廊下を通りかかった際、目撃されて噂されたらたまったものではない。

 それも「冴えない男子生徒が学年主席(美少女)を口汚く罵っていた」とかそんなことを言われる訳にはいかないのだ。

 まぁ口汚く罵りつもりはないが……とにかく、言葉は選ばなければならない。



「……狩野窪」

「はい」

「もし友達が欲しいって言うんなら、普通は同性に頼むべきだと思うぞ。男女の友情なんてフィクションの中だけだ」

「私は閑さんと友達になりたいんです。他の女子生徒とは友達になりたいと思いません」



 意外な言葉が出て少しびっくりした。

 誰でもいい訳ではないということか。



「たまたま部活が同じで、こうやって席が隣ってのも名簿順なんだから仕方ないだろう。数少ない共通点を持ってるからって、何も俺なんかにしなくたって……」

「いいえ。数少ない共通点だからこそ大事なんです」

(ん? ……どういうことだ?)

「あの部には私以外の入部者は絶対いないと思っていたのに、閑さんは入部しました。あの『世間話同好会』にです」



 ……イヤな予感がしてきた。



「私は中学生の頃、刑事になりたいと決めました。その為に色々な事件……とくにあらゆる殺人事件について資料を集め、まとめているんです」



 大人しいはずの優等生が段々と饒舌になっていく。

 閑は思わず椅子から腰を浮かした。



「しかしそれを誰かと議論することは出来ませんでした。普通の女の子というのはこういう血生臭く物騒なものには興味がわかないからなんだそうです。なので、私には友達というものが出来たことがありません」



 表情を変えずに淡々と話す狩野窪だが、その熱が言葉からじわじわと伝わってくる。

 これは非常事態だ、このままここにいてはいけない。

 そう頭の中で警鐘が鳴り始めた。



「女の子の友達は出来ないんだということは何年も前に諦めています。ですから、きっと刑事になったとしても同僚は皆男性で……きちんと向き合えるのも、真面目に話を聞いてくれるのも男性なんだと、私は思っています」



 遂に閑は椅子から立ち上がり、後退りを始めた。

 すると狩野窪も距離を離さないよう一歩ずつこちらへ近づいて来る。



「友達はもう仕方がない、仕事に就いてから、誰かとコミュニケーションをとれればいいとまで思っていました」

「……そう、か。……頑張れよ」



 その声は無責任以外の何ものでもなかったろう。

 しかし狩野窪は全く気にしていないのか聞こえていないのか、相変わらず真剣な目でこちらを見据えている。



「ですが閑さん。あなたはあの部に来てくれて、きちんと議題を元に議論に応えてくれました」



 大きな勘違いだ。

 閑はあの部に行き、きちんと活動をしなければならない。

 そうしなければ殺人鬼に殺されてしまうのだから……。

 遊びじゃない、命がかかっているのだ。


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