ep2.殺人主義者の友達-04


「あのな狩野窪、初日にも言った通り。俺はあの眼鏡に無理矢理入部させられたんだ」

「覚えています」

「俺の意思じゃない」

「わかっています」



 マジかよ。



「しかしあの部の一年生は私と閑さんだけです」



 まぁ確かに。



「殺人事件を議題にして議論をしてくれたのは閑さんが初めてなんです」



 そりゃそれが部活の活動内容(?)だもんな。



「私と議論をして下さいなんて図々しいことは言いません。仲良くお喋りをしようとも要求しません」



 気が付くと閑の背中は窓ガラスにぶつかっていた。

 そしてすぐ目の前には狩野窪が迫っている。

 追いつめられた。



「ただ、友達になって欲しいんです」



 しかし彼女はそう言うものの、閑にはそう見えていない。

 「友達なって欲しい」だなんてとんでもない、「友達になるんです」という断定だろう?

 このままでは押し切られてしまう。なんとか逃げなければと閑は頭を回した。



「しゃ、喋らなくてもいいんなら……お前の言う友達っていうのは何なんだ? カテゴリか? ステータスか?」

「友達という存在です」

「その存在意義は」

「認識です」



 あぁしまった、難しい話になりそうだ。



「私が閑さんを友達だと認識する。それが私の中にある友達の存在意義です」

「……じゃあ俺の認識は」

「なくても構いません」



 じゃあ俺に言わないで勝手に思ってるんでいいんじゃないか?

 いや俺は嫌だけど。



「もちろん異性の友達というのは一緒に仲良くどこかへ出かけたりなんてするものではありませんし、そういうのは恋人というものになると思っています」

「だろうな。だからどうせなら俺よりもっと別の……」

「閑さんに、友達になって欲しいんです」



 よくわからない。

 彼女の中の基準も意味不明なのはわかったが……おおよそ一般に言われる「友達」とは定義が違うようだ。


 だが一方的にとはいえ彼女から「友達」と認識されるのもやはり抵抗があった。

 それは「私は友達だと思ってたのに! 違うっていうの!?」「誰があんたといつ友達になったっていうのよ?」という女子特有の修羅場に近いものに発展しそうだからだ。

 というか、彼女はそもそもそれを求めているらしいのだが。



「……」

「……」



 最悪なことに、逃げ道は全て潰されているようだ。


 だが完璧な人間にも欠点があるということがよくわかった。この目の前の才色兼備な優等生は人並み以上に価値観が異なり、強情だ。こうと決めたら変えられず、覆すことも反対させることも許さない。

 そしてどんなにきつい言葉で断ったとしても、意志は変えない。

 社会では非常に生きにくい性格だ。可哀想に。



(いや、同情してる場合じゃない……)



 返事はどうしよう。イエスか、OKか、了解か……。

 あぁどれも答えたくない。



「お願いします」

「っ~……」



 ここで少しでも自信なさげにしょげたりしてくれれば可愛いのだが、狩野窪にそれはなかった。

 怒ってもいないし媚びている訳でもない。あくまでも真剣だ。

 そしてこれは、脅迫に限りなく近いものだろう。

 最近があった閑は確信していた。



(とりあえず仲良しこよしを求めてるようでもなさそうだし……多分友達になってから冷たく当たったとしても逆恨みとかはしないタイプだろうし……)



 窓から風が吹き込み閑と狩野窪の髪を揺らす。

 前髪が乱れても、狩野窪は気にもせず閑を見つめていた。

 そして閑はハッとする。

 今、この光景こそ誰かに見られてはマズい。

 しかもこんな窓際で、グラウンドから丸見えではないかと……。



「わ、わかったわかった! 友達になってやるよ、今日から友達今から友達!」

「!」



 だから早く離れなさいと恐る恐る狩野窪の肩に手を置いて、回れ右をさせて、華奢な背中を押した。

 色んな意味で汗が止まらない。



「いいんですか……?」

(いいんですかって拒否権ねぇんだろうが!)



 珍しく狩野窪は少し驚いた顔をしているが、声音は涼しいままだ。

 恐らく彼女の中に動揺という文字は登録されていないのだろう。



「ただしな、こっちとしても一応言っておきたいことがある」

「何でしょうか」

「俺は友達なんて必要ない」

「そうでしょうね」



 氷柱が胸に刺さった気分になったが続けよう。



「俺は独りの時間が何よりも大事なんだ。誰にも邪魔されず干渉されない、独りの時間だ」

「はい」

「だからこれは確認になるが、移動教室に一緒に行こうとか登下校を一緒にしようとか、昼飯を一緒に食べようとかそういうことには一切応えないからな。俺もお前も元々は独り者タイプなんだ、誰かに依存しなくたって平気だろう」

「えぇ」

「だからそういうことで、お前は俺のことを友達だと思っててもいいが勝手にしてくれ。俺は俺のペースで生きている」

「わかりました」



 無表情のままコクンと頷いた狩野窪は鞄を持ち椅子を机へしまう。

 それを見てようやく解放されたと長いため息を吐きながら、閑も鞄を背負い教室を出て真っ直ぐ昇降口へ向かった。

 靴に履き替えてさっさと校舎を出る。


 彼の家は駅をまたいだ少し向こうにあるが、徒歩圏内だ。快晴の日にゆっくり歩くのは最高だ。途中自販機でコーヒーでも買って、少し遠回りして散歩をしてから家に帰ろう。

 校門をくぐり、横断歩道を渡り、駅まで一本道の歩道を歩く。

 コツコツという革靴の音が…………二つ。



「……」

「……」

「……おい」

「どうしました?」



 歩みを止め、横を向く。文庫本を片手にした狩野窪が隣に立ち、何か問題が? という顔をしている。

 こいつはニワトリか?



「何でついてくるんだよ」

「私も同じ方向なんです」

「ほう。……だったら少し離れて歩いてくれませんかね、狩野窪さん。二人並んで歩いてると他の人に誤解されそうなんで」

「並んで歩いていませんよ? 閑さんにとって私はただのクラスメートなんですから、お気になさらず」

「おい待て、その言い方だと……」

「ですが私にとって閑さんは友達です。一度でいいから、友達と登下校を一緒にしたかったんです。どうぞ、閑さんはお気になさらず」



 私のことは後ろをついてくる猫だとでも思って下さい。

 そう言って、狩野窪は視線を文庫本に落とした。先程とは別の本だ。

 しかし彼女はいつまで待っていても歩き出さない。


 閑が数歩歩くと、彼女も数歩歩き、止まると同じタイミングで足を止める。



(ふっ…………ざけんな!!!)



 結局電車通学の狩野窪が改札を潜るまで、閑の後ろから離れることはなかった。


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