ep3.秘密主義者の告白-03
「おはようございます。閑さんが入って行くのを見かけたので……」
「あ、この子が狩野窪ちゃんだよ~!」
突然の紹介にも動じず狩野窪はぺこりと頭を下げると、吉良は彼女に浅師と仁木について軽く説明をしていた。
あぁ、狭い部屋の人口密度が高くなって室温が上がっている……。
「はあ? 黒シャツ? こいつが?」
「こらこらアサシ、女の子をこいつ呼ばわりはないでしょ~。だからモテないんだよキミは」
「うっせえよ。部に黒シャツなんて一人で十分だって言ってんだ」
「?」
どういう意味だ? と閑が首を傾げると仁木がにこやかに付け足した。
「浅師も黒シャツなんだよ、二年連続でね。だから僕もこうやって勉強を教えてもらってるんだ」
「やだよね~この学校のその制度。優等生への依怙贔屓が半端ない感じ」
学年首席の生徒はその印として黒色のYシャツを着ていいことにされている。
一応義務ではないが、真面目なタイプが多い為毎年学校には各学年首席合計三人の黒シャツが見られると噂で聞いていたが……。
「あんなダセェもん着てられっかよ」
「アサシのそのシャツも趣味悪いけどねぇ」
どうやらヤンキーに見えた浅師は優等生らしい。人を見た目で判断してはいけないのか。
というか、学校内に三人しかいないはずの黒シャツが一つの部活に二人もいるなんて……この「世間話同好会」はインテリの集う場だったか? と閑は首を捻る。
「……」
しかし浅師から何を言われても相変わらず狩野窪は表情筋をピクリとも動かさずに、ただじっと大人しくしているだけだった。
だがある視線に気付き、そちらへ顔を向けると彼女はゆっくり首を傾げる。
どうかしたかと閑は横目でそれを眺めるつもりだったが、あまりの状況に二度見せざるを得なかった。
「狩野窪さんっていうんだね。凄く綺麗な子だ」
「……あ、ありがとうございます?」
珍しく狩野窪が困っている。だが無理もなかった。
彼女の右手をそっと両手で包み甘い言葉をかけていたのは、仁木元部長だったのだ。
深い小豆色の綺麗な目が、狩野窪を捉えて離さない。
蚊帳の外に追いやられた男三人は目を点にして見ているしかなかったが、狩野窪があることに気付き声を上げる。
「その手、どうなさったんですか?」
狩野窪の右手を優しく包む仁木の両手は包帯で綺麗に巻かれていた。
彼女の言葉で仁木はあぁ、ごめんねとすぐに手を離して苦笑する。
「実は、火傷とか切り傷とかでね……あまりにも不格好だからこうしているんだ」
「まだ上達しないの~? ヒトキ」
「昔から不器用なのは知ってるだろう?」
「でも早くしないと他の奴にとられちゃうんでしょ? 元カノさん♪」
照れくさそうに笑う仁木は頭をかき、狩野窪が言葉を選びながら質問を投げた。
「……お弁当を、作っているんですか?」
「前から作ってってせがまれててね、こっそり練習してからビックリさせようと思ってたんだけど……」
「その前にレナちゃんに愛想つかされてフラれちゃったんだよね~」
「あぁ、反論の余地もないや……」
だからまずは彼女に要求されていた弁当を持って、どうにかお許しを貰うんだと仁木は笑った。
「……そうですか」
声音から同情の色をうかがわせる狩野窪は「伝わるといいですね」とエールを小さく送っていた。
珍しい。
「それなのにヒトキったら、可愛い子みるとすぐ口説くの相変わらずじゃない?」
「口説いてるわけじゃないんだよ! ただ思ったことは伝えようとしてるだけで……」
吉良に突っ込まれて包帯だらけの手と頭を横に振る仁木。それを無言で眺める狩野窪と、横で浅師は参考書を片付け始めていた。
時計を見るとあと五分で登校時間だ。
閑は誰にも声を掛けず、そして誰にも気づかれないよう社会科準備室を出た。
廊下の窓から校庭を見下ろすと生徒が何人か走って校舎へと駆け込んでいる。
「……大変だなぁ、青春してる奴は」
自分とは無縁の話で、羨ましいとも思わなければ話に加わる気すら起きない。
現在位置から閑のクラスまでは少し距離がある。吉良と狩野窪を部室に置いていけたおかげで、ほんの数分だが一人の時間が過ごせるなと安堵した。
部室のあの盛り上がりに加わるよりも、今この瞬間の方が幸せを感じられる……それが彼だ。
足取り軽く、閑は自分の教室へと戻って行った。
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