ep4.平穏主義者の抵抗-05
「!?」
ボキ、と骨の折れる音が聞こえたが痛みは感じなかった。
自分の骨が折れたのではない。
誰かの骨が折れた。
「っ……」
閑の頭を手で押し飛ばしたのは狩野窪だった。
振り下ろされた鈍器が華奢な少女の肋骨を直撃し、彼女は息を詰まらせる。
閑を庇った狩野窪はよろめいた。
「お、おい……何やって……!」
「おやおや、『猫』が人を庇った? 何をしてるんですか全く」
スパッと何かが切り離された音が聞こえる。
それは閑の目には捉えられなかった。
気が付いたらそこには斬り落とされた男の腕が床に転がっていた。
薄暗い部屋を、床を、壁を、天井を走る赤い飛沫。
青く光る刀身を伝う、赤。
「あああああああああああああああああああああああ! 貴様っ……よくも……よくもおおおおおおおお!!!」
男の絶叫が狭い部屋に幾重にも反響する。
狩野窪は殴打した脇腹を庇いもせずに刀に付着した血を払った。
呼吸も乱さず声も漏らさず、閑を自分の背に庇って。
床に転がる男の腕はバールを握ったままだ。
「殺す……殺してから、その右腕を回収すれば……!」
男は残った反対の腕でノコギリを取り出したが、利き手ではないせいで思わず取り損ねる。
動きが止まった狩野窪を追い越して、閑は咄嗟に手を伸ばしていた。
「右腕はテメェので十分だろうが!!」
バールを拾い、思い切り男の背目がけて振り下ろすと鈍い音が骨に響く。
男の手から再度ノコギリが滑り落ちて、男はその場に崩れ落ちた。
心臓がバクバクと全身の血管を叩き、興奮をする脳を徐々に落ち着かせる。
そして男が動かなくなってからバールの妙な重さに気付いた。
「うわっ!」
腕はバールを握ったままだったのだ。
汚いものを放るように投げ捨てるとガランと金属音がまた響く。
それから念の為、男の体をつま先で突いたが完全に失神してるようだ。
「……お、おい! 今の内に逃げるぞ!」
「!」
床に転がる凶器を窓から外に捨て、閑はすぐに部屋から飛び出した。
狩野窪は刀を鞘に納めてから彼の後を追ったが、階段の手前まできて膝を折る。
「? おい、どうし……」
ついて来ない狩野窪を振り返り、あぁそうだったと思い出した。
自分を庇って思い切り鈍器で殴られたのだ。まともに歩けなくて当たり前だ。
(……俺のせい、だよな…………)
狩野窪は弱音一つ吐かずに何とか立ち上がろうとしていたが、それを待っている訳にはいかない。
男が起き上がる前にこの家から出ておかないと……。
「……刀はちゃんとしまったよな?」
「? ……しまいましたが」
「ん」
狩野窪の元まで戻り、背を向ける。
彼女は何が起こったのかよくわからなかったようで、ゆっくりと首を傾げた。
癖なのだろうか。
「あの……」
「歩けねーんだろ? 俺のせいだし……いや、元はと言えばお前のせいで俺はこうなったんだけどな! だけどお前のおかげであとちょっとで助かりそうなんだよ! だから早くしろ!」
負ぶってやるから早くしろ。
まさか自分がこんなことをする日が来ようとは……。
自分で自分に愕然とした。しかし彼には信条がある。
自分の平穏を守る為なら出来ることを何だってやる。何でもだ。
女子一人を負ぶって非日常から抜け出せるのなら、彼は進んでそれをする。
「……ありがとうございます」
「礼を言われるような動機じゃねえから安心しろ!」
「?」
小柄な彼女は軽く、むしろ長い刀が足にぶつかって邪魔だった。
階段を下りると生活感のない広い居間に出て玄関はすぐ見つかった。
「そういやお前さ、どうやってこの家に入ったんだ? 鍵閉まってんぞ」
「あそこから」
「あそこ……?」
右を向くと大きな窓ガラスが無遠慮に割られていた。
降り続く雨が中に入ってきている。
「……携帯の電波は出てなかったはずなんだが」
「『雨男』が閑さんにつけておいた発信機があるからと、そのGPSを見て」
(いつの間につけたんだよあの野郎! だからアイツに俺の行動筒抜けなのか!?)
鍵を開けて玄関から外に出ると夜だった。
周囲を見渡すといくつもの一軒家が連なり、雨だというのに洗濯物が干しっぱなしの家があった。留守なのだろうか?
しかしこの家以外はきちんとした生活感を感じられるし、明かりも点いている。この家が一番新しいんだろうというのはすぐわかった。
(普通の家を拉致監禁場所に選ぶって……隠しやすいのか? でも騒いだら終わりだろ)
傘を持っていない二人は土砂降りの中歩くしかなかったが、現在位置が閑にはわからない。
「おい、ここからどうやって帰ればお前の家に行けるんだ」
「……結構距離があるんですが」
「マジか……」
携帯を確認すると現時刻は夜九時過ぎ。
猫面をつけた少女を背負いながら帰るには人目を避けなくてはならないし……。
そう考えていると後ろからクラクションが聞こえて体が跳ねた。
この家から出られたのを見られなかったか? と、ゆっくりと振り向く。
雨で視界が悪く、車のヘッドライトが眩しかった。
一台、グレーの乗用車がこちらを向いて止まっている。エンジンはかかっているようだ。
「おい! 早く乗れ!」
「?」
聞き覚えのある声に恐る恐る近付いて窓を覗き込むと、そこには見覚えのある顔があった。
「ずらかるぞ」
運転席には
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