ep3.秘密主義者の告白-04


 ガチャンという確かな手応えと同時に、絶望した。



(……誰だ鍵閉めやがったの…………)



 非常階段へ出られる唯一のドアが施錠されていた。恐らく誰かが密告して教員に閉めさせたのだろう。

 昼飯の入ったビニール袋を提げたまま、閑はその場で固まった。


 教室は騒がしくて嫌だ。学食食堂も人が多い……。どこか空き教室でも探すかと考えたが、大概の空き教室にも鍵が掛けられている。



(……いっそのこと体育館裏とかで食うか?)



 とにかく人がいないところ独りになれるところ静かで他人の妨害を受けないところを……! ととにかく考えた。

 そして考えていたせいで後ろから呼ばれていることに気付くのが遅れる。



「閑君!」

「!?」



 呼ばれていた声に気付いて振り向くと、階段手前で足を止めていた人物が一人。

 朝相談をしに行った仁木だった。



「非常階段ならさっき生活指導の先生が閉めてたよ」

「……そうですか」

「部室で食べないかい? 僕一人しかいないからうるさくはならないと思うけど」



 その言葉に閑はすぐ足を動かした。


 吉良と一緒になるのを極力避けたかったが仁木一人ならば大丈夫だろう。

 朝話した限りでも騒がしいことが好きそうには見えないし、喋り方もかなり落ち着いたトーンだった。

 独りにはなれなさそうだが静かなら妥協出来る。


 社会科準備室に入ると換気の為に窓が開けられ扇風機が回っていた。

 テーブルの上には仁木の弁当と英単語帳が置かれている。



「賑やかなのは苦手なんだっけ?」

「独りでいられればどこでもいいたちです」

「アハハ。じゃあ僕はあんまり邪魔にならないように気を付けるね。吉良にとられない限りはいつも僕一人しかいないし、これからはここで食べたらどうだい?」

(……アイツいつも昼の部室は皆いるとか言ってなかったか?)



 吉良によるいやがらせの嘘が発覚したがもう怒るまい。

 こうして真実が発覚したのだから今は流しておこう。


 椅子に腰を下ろすと閑は昼食のカレーパンとそうめんを取り出し、仁木も自分の弁当を開いた。

 彼が自分のことを不器用だと言い張ったのがよく理解出来る中身だったが、触れないでおこう。

 そして黙々と箸を進め、仁木も本を片手に弁当をつつく。


 食物を食べる為だけに口を開き、言葉は発さずにゆっくりと時間が過ぎる。

 独りで空を眺めることは叶わなかったが、この静かさは閑にとって及第点のものだ。


 だがそうめんを食べ終えた時、ふと仁木の手が止まっていることに気付いた。

 そんなに英単語に熱中しているのか? と視線を上げると、何か考えていたのか眉を微かにひそめている。



「……邪魔にならないようにする、って言っておいてなんだけど……閑君。少しだけ僕の独り言を初めてもいいかな?」



 よく意味がわからなかったが、どうしようかと首を捻った。

 他人の独り言を聞く趣味などないが、彼には避難場所を教えてもらった恩がある。



「本当は誰にも言うつもりもなかったし、吉良や浅師に聞かせても……っていうような話なんだけど。閑君になら……ってね」



 迷惑だよね、ゴメンねと仁木は苦笑した。

 そこでそういえば朝相談事を聞いてもらった恩もあったなぁと閑は思い出す。

 それに相手は三年生。受験勉強に忙しそうだし愚痴の一つでもこぼしたいのだろう。



「……先輩の独り言ならうるさくもなさそうなんで、どうぞ」

「ありがとう」



 独り言と言い始めたのは仁木だ。ちゃんと聞いてやらなくても文句は言われまい。


 仁木は柔らかく笑うと、ポツポツと思い出しながら喋り出した。

 閑はカレーパンの袋を開けて一口食べた。あまり辛くなくて少しがっかりする。



「僕の彼女……元彼女は伶七れいなっていうんだ。一年生の文化祭の時に僕から告白してOKをもらったんだけど……」



 恋バナかよ、とはツッコまずにいよう。

 しょせんは彼の独り言だ。



「フラれちゃったって朝言ったよね? ……春休みだったんだけど」




 ――不慮の事故で、亡くなったんだ……伶七は。




 それからも彼の独り言はまだ続いた。



   ×××



 五時限目の授業は数学Ⅰ。

 今日は日付的にも席順的にも閑が指名される恐れはなく、静かな午後を過ごしていた。

 教師が黒板に黙々と数式を書きこみ、生徒はそれをノートにとるか寝ているかだ。寝ている生徒を指名したり起こしたりはしない教師なので授業は滞りなく進む。


 教科書と数式以外大して書きこまれていない字の汚いノートを広げ、閑は頬杖をつき空いている方の手でペンをクルクルと回す。

 隣の席の優等生は真面目にノートをとっているが、そのノートはどこまでも規則正しく定規で計ったかのように文字が並んでいた。

 教室の空気はシャーペンの音とチョークが黒板を叩く音、たまに聞こえる教師の声だけで作られている。


 閑は昼休みに聞いた話をゆっくりと思い返していた。


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