ep4.平穏主義者の抵抗-06
車は一般道を緩やかに走り、あくまでも安全運転なことに驚きを隠せない。
狩野窪は後部座席に寝かせ、閑は助手席に座る。車内は煙草臭く、運転手は煙草を指に挟み片手でハンドルを切っていた。
人違いだろうかと何度も考えたが、趣味の悪い柄シャツと目つきの悪さは浅師本人そのものだ。
「あの……先輩」
「あんだよ」
機嫌が悪いのではなく単に口が悪いだけなので怖じ気ず続けた。
「先輩っていくつですか?」
「あ? 今年で十七……あぁ~なるほどなぁ。ほらよ」
ダッシュボードのグローブボックスを空けてポイと閑に何かを放った。
見てみると運転免許証で、顔写真は浅師本人のものであり、生年月日を見ると今年で二十二になるらしい。
「……え、偽造ってこと?」
「当たり前だろぉ? 見てわかんねーのかよ!?」
そんな頭大丈夫かという顔をされても、そっちこそ一般常識は大丈夫か?
更にボックスの中を見てみれば様々なファイルや書類が出てくるわ、煙草は出てくるわ……ナイフや注射器は出てくるわ……?
「あぁそれ麻酔だかんな。ヤクなんてやってねーぞ俺は」
(本当か……?)
これ以上探すと見たくないものが次々と出てきそうで閑は無言でボックスを閉める。
やはり人は見た目で判断していいのではないだろうかと閑は頭を抱えた。
「にしてもよく生きて出て来たなぁお前ら。てっきり腕の一本や二本はやられてんのかと思ってたぜ」
「つーか、なんで浅師先輩はあそこにいたんですか?」
「そりゃあ依頼されたからな、吉良に」
依頼? と閑は首を傾げる。
「お前吉良に泣きついたんだって? あんな奴に普通助け求めるかよ?」
「……それって『助けてくれ』ってメッセージ送ったアレ……」
「そーそー。吉良の野郎から連絡きてな、『オレはいけないからお願い』だってよ! 俺は便利屋じゃねえんだぞって何回言やあ……」
「な、何で浅師先輩なんですか? 普通そこは警察とかじゃ……」
「あ? 何が」
不機嫌そうに浅師はこちらを一瞥した。
「だってそんな……普通の高校生に後輩を助けに、行かせる……とか……」
しかし閑も自分で言っていて何となく察しがついてしまう。
イヤな予感に敏感になってきたらしい。そんな自分が悲しかった。
「普通の高校生だあ? 何言ってんだよ、俺は一応プロの〝殺し屋〟だぞ?」
聞かなかったことにしよう。
「なのにアイツ、人を便利屋か何でも屋みたいに使いやがって……ま、報酬はその分高くつけてやったけどな」
ニヤリとつり上がる口角に寒気が走る。
雨で濡れたからだろうか……。
「しっかしテメェも散々だな、閑とか言ったか? あんな奴に拉致られるわ、そこの狸寝入りしてる女の正体知ってるわで」
「!?」
振り返ると浅師に言い当てられた狩野窪はゆっくりと体を起こした。
面は一応取らないでいるようだ。
「いつまでんな面つけてやがる、狩野窪だろ。一年の」
「……」
だがすぐさま言い当てられ、彼女は面を外した。
案の定顔色が悪かったが、それ以上に浅師に正体を知られていたことが納得いかないようで随分と不服そうな顔だ。
「……どうして知っているんですか」
「〝殺し屋〟の情報網なめんなよ? つかまぁ俺の場合はフリーだから情報屋としてもやんねーと稼げねぇからだけどよ」
「……誰かに」
「タダで誰かに言うかよ、調子乗んなよガキ」
狩野窪の言葉をことごとく浅師が挫いていく。
今の彼女がどんな顔をしているかもう一度後ろを向くと、ムスッとしていた。
今日の彼女は百面相だ。
「あーそーだ、閑も狩野窪もよ。わかってんだろうけど俺のこと漏らすんじゃねぇぞ、タダでは」
(……ん? それ金とれば言っていいってことだよな?)
「情報をタダで売る奴なんて信用出来ねーからな、んなことしたらテメェらからの依頼は一切受けねぇ」
「口止めしたりは?」
「するかよめんどくせぇ」
閑の問いに浅師は吐き捨てた。
ちょっと意外だなと思いつつ、しかしまた秘密を抱えることになってしまった状況に胃が痛くなる。
浅師は煙草を灰皿に押し付けるとハンドルを切った。
窓の外を見てみると見慣れた風景になって来て家に近付いていることに安堵する。
「まずは狩野窪から下ろすからな。テメェはその後だ」
「はい」
「あとアイツ下ろすのもテメェがやれよ。俺は濡れたくねぇ」
「わかりました」
閑が大人しく返事をした後、しばらく車内は静かになった。
狩野窪は傷に響かないよう呼吸を整え、浅師は新たな煙草を咥えて赤信号で止まると火をつける。
吉良からの連絡で来たと彼は言っていた。
正確には金が動いたかららしいのだが、それでも〝殺し屋〟の彼が動いたということはそういうことなのだろう。
閑を追い詰めていた犯人を倒す、もしくは殺す為に動いた……はずだ。
殺人鬼、殺人鬼狩りと続いて〝殺し屋〟ときて、今更驚くことなんて……。
(いいやあり得ねーよ。現実にいんのかよ〝殺し屋〟って!)
しかもまた「
「……そういえば一応確認しときたいんですけど」
「あ?」
「吉良先輩も知ってるんですよね? 〝殺し屋〟ってこと」
「当たり前だろ。俺は〝金さえ詰めばどんな仕事でもやる殺し屋だ〟って知ってるさ」
浅師は得意げに笑うと車を止めた。
狩野窪のアパート前に着いたようだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます