ep1.平穏主義者の失敗-06
さて3人の意見も出たところで、今日の顔合わせは終わりにしよう。
部長のその一言でお開きとなり、狩野窪は鞄を手に教室を先に出た。
それを追おうとしたところで呼び止められた。
どうやら俺には補習があるらしい。
「1年2組のシズカくん、よく出来ました! 花丸をあげましょ~」
「ふざけんなよ……こんなのただの嫌がらせだろ……」
「そうだよ?」
ケロリと開き直る吉良に、思わず目が点になる。
「昨夜、キミはオレのお楽しみを邪魔した挙句オレに消される前に家という逃げ場に逃げ込んだんだ。キミとキミの両親共々そのまま消そうかとも考えたけど……今日も学校はあるし、一家殺しって後始末が大変でさ。面倒だったから様子見することにしたんだ」
眼鏡を外し、手元でクルクルとペンを回す吉良の言葉に、閑は何も言い返せなかった。
この男が今言った言葉の意味を理解するのに脳が追い付いていない。
「……じ、じゃあ」
「あぁ大丈夫。昼にも言った通り、キミなら大丈夫そうだ。自分の平穏が大事なんだろう? それを守る手段ならキミはわかってそうだしね。さっきの誤魔化し方もよかったし」
「……殺さないのか?」
「キミが平穏を守れる限りはね」
つまりしくじればすぐ、殺される。
「それにしてもさぁ……あの狩野窪さん、狩野窪ちゃんだっけ? すごい子だね~どういう経由で情報を仕入れてるのか、是非知りたいよ」
「……」
「『雨男』っていうのはニックネームみたいなもんでさ、あれオレだから」
うすうす感付いていたことが明確になった。
話が進む中、閑は昨晩の吉良の格好を一生懸命思い出していたのだ。
フードは被っていなかったが、フード付きの上着を着ていたかどうか……。
「業界では本名はご法度なんだよ。身バレしちゃうからね。ま、たまに本名じゃなきゃヤダ~って奴もいるけど」
「……そうですか」
「いやぁホントに凄いな~狩野窪ちゃん。あんな子が刑事になったらオレ達殺人鬼や犯罪者の住みにくさったらないね!」
だろうな、と閑は思う。
実際、彼女は犯人を当てたのだから。
「シズカくんさ」
「……はい?」
「狩野窪ちゃんにアプローチする為にオレをネタに使ったら、その場ですぐ殺すからね♪」
「しませんよ」
「なんならあの子の目の前で殺ろう!」
「だからしねーって!」
ガタンと椅子を鳴らして立ち上がり、閑は鞄を肩にかけた。
もう脅しは十分受けただろう。いい加減帰らせてもらう。
「狩野窪ちゃんにリークすればオレを捕まえられて、キミの命が脅かされることはない。……なんて考えたりしないの?」
そう問われて閑は思い止まった。
確かに、彼の言う通りその手を使えばこの「雨男」からの脅迫から逃げることは出来るだろう。
殺人鬼が捕まれば世間の為にもなる。社会貢献活動となるはずだ。
だが、閑はすぐに首を横に振ってハァー……と長いため息を吐いた。
「言いましたよね、吉良先輩」
「?」
前後の席のクラスメートに「どこ中出身?」なんて聞きはしない。
ましてや隣に座る美少女にアプローチなんてとんでもない。
部活動に入るだの、部活動外の時間に先輩とよろしくするだの、そんなことはあり得ないのだ。
自分の安穏が、平和が、平穏が、命が大事だ。
「俺は、平穏主義者なんですよ」
「平穏の中に青春を求めたりしないワケ?」
「しねぇ」
青春は汗と涙で出来ている? 嘘吐け。
青春は汗と涙と血と死体で出来てるんだ。
青春なんて望んでいない。
誰か助けてくれ。
――1.平穏主義者の失敗 了
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