ep1.平穏主義者の失敗-05
「でさー、どういう風に談議しようか? この事件。やっぱり連続殺人事件とかだとワクワクするんだけどね!」
そしてこれである。
きっと昨晩の犯行の目撃者は閑だけだったのだろう。
その唯一の〝目撃者〟の目の前で、〝犯人〟が自分の犯した事件をとりあげて「この事件の推測ごっこしようよ!」と言い出すのだ。
何の罰ゲームだ、これは。
「オレ的にはちょっと前にもあった『女子高生めった刺し事件』と結び付けたいんだよなぁ、人をめった刺しにするなんてそんな簡単なことじゃないし」
吉良という男の頭がおかしいのは重々承知していたがこれは重症だろう。
それともこれは何か? 自分をからかっているのか?
そう閑が眉間をつまんで悩んでいると、向かいに座っている何も知らない狩野窪が小さく挙手をした。
つい先ほどまでは難しそうな顔をしていたが、まさか本気で考えていたんじゃ……と閑は呆れる。
「はい狩野窪さん! 挙手とはなかなかやる気見せてくれるね!」
「吉良先輩は『
(は?)
閑は思わず声がもれそうだった。突然何を言い出すんだ、と。
しかし話を振られた吉良を見て、閑は固まる。
吉良の顔から笑顔が失せていた。
脳に危険信号が走り、閑は
「か、狩野窪、さん……だっけ。それ何の話?」
「閑さんも知りませんか?」
「いや、俺はあんまニュースすら見ないし……。てか『雨男』って雨降らせるっていう意味だろ?」
「その『雨男』という殺人鬼はそこから由来が来ているんです」
その殺人鬼のトレードマークはフードを被っていること。
初めはレインコートのフードを被っていることだとされていたが、今は色々な説が飛び交っている為に〝上着のフードを被っている〟ということでまとめられているらしい。
『雨男』はフードを目深に被り、夜に獲物を物色する。
「『雨男』の犯行方法がめった刺しなんですが、実はその刺し傷の中でも一番最初につけられる傷が首の切り傷なんです。どうしてだと思います?」
「……悲鳴を上げられないため、とか?」
「そう思われていたんですが、実はその傷は声帯を狙ったものではなく頸動脈を狙った傷なんだそうです。『雨男』は、血の雨を浴びる為犯行に及んでいると考えられています」
被害者を仰向けに押し倒し、ナイフ等の鋭利な刃物でまずは頸動脈を切り裂く。
吹き出す血液を頭から被り、フードを真っ赤に汚すのだ。
「頸動脈からの出血が収まった頃合いを見計らって、次は胸や腹部に何度も何度もナイフを突き立てている。だから体の傷口からの出血は少ないそうなんです、もう心停止しているから」
狩野窪は涼しい顔をしたままそう言った。
犯行の一部始終をまるで見ていたかのようなその口振りに、閑は言葉を失う。
ただファッションとして殺人事件に興味を持っているのなら、ここまでの追求は出来ていないはずだ。
刑事志望というのは伊達ではないのだろうが、素人がどうしてそこまで一殺人鬼のことを知っているんだ?
「……そんで、狩野窪……さんはこの事件を『雨男』の仕業だっていうのか?」
「可能性はあると思います。犯行時刻と犯行方法だけなので確証はありませんが。……こんな感じでどうでしょうか?」
「?」
「荒唐無稽でいいんですよね?」
「……は?」
小首を傾げられても、とツッコまざるを得ない。
つまり今彼女が述べたのは確かに仮説に違いはないが、たかが高校生の部活動の、それもゴシップとして楽しむためのお喋りだった。……というのか。
「じゃあ何、今の全部作り話か?」
「作り話ではありません。本当にいるとされている殺人鬼の話です。ただ結びつけるのは安直だなと思いますけど……」
「なんで狩野窪……さんはそういうの……」
「呼び捨てでいいですよ、閑さん」
あぁそう、どうも。と閑は一呼吸おく。
「狩野窪はなんでそういうの知ってるんだ? やっぱり刑事になる為……とはいえ、殺人鬼とかに興味あるのか?」
「あります」
相変わらず凛とした表情で彼女は答えた。
考えがまるで読めない。
「それに閑さん、先程『ニュースを見ない』と言っていましたよね?」
「え、あぁ……基本的にTV自体あんま見ないから……」
「『雨男』はニュースでは報道されていません。そういう表向きには報道されないよう、規制がかかっているんです」
じゃあ何で知ってるんだよ。
閑が硬直していると、吉良が明るい声で割り込んで来た。
「実はニュースではないけど、ネットでは噂されてんだよね~。オレも見たことあるよ、掲示板とかの書き込みで」
じゃあどこの誰がその報道規制のかかってる殺人鬼のことをネットに書くんだよ。
ツッコミが追い付かない。何なんだこの2人は。
「『雨男』説は面白いね! オレもちょっと賛成かな。シズカくんは~?」
「……いや、俺は……そういうのは……」
「せっかくゴシップ同好会に入ったんだからちょっとくらい考えてくれよ~!」
お茶目にそう言われても、彼からの言葉は閑にとって全てが「脅迫」に聞こえる。
仕方がない、一刻も早くこの議題とやらを終えてこの部屋から立ち去り家へ帰る為だ……と、閑は頭をフル回転させた。
あくまでも吉良が犯人であることには一切触れないよう、隠し通すような……作り話。
「……」
「……」
「……怨恨、とか?」
ありきたりな答案を述べると、はい続けてと吉良に促される。
「その……めった刺しにされたのは女性なんでしたっけ?」
「そう。まだ詳しいことは報道されてない」
「公園で、って確か言ってたし。多分その女の人が帰り際に待ち伏せされてた元カレかストーカーかに捕まって、刺されたんじゃねーの?」
多分、と付け足しておいた。
吉良を見ると実につまらない作り話だねという顔をしており、狩野窪は相変わらずじっとこちらを見ているばかりでよくわからない。
「閑さん」
「……はい、不謹慎でスンマセン」
「シズカくんこの部の活動内容はまさにソレ」
「私はとても納得しました」
「「えっ!?」」
狩野窪の言葉に男2人が声を揃える。
「複数の刺し傷というのは確かに怨恨というような強い感情がないとされない行為です。時間帯と犯行場所からの推測も……」
「ちょ、ちょい待て! 今の即興だからな!? まさか真に受けてるんじゃないだろうな!?」
「……あ」
本来の趣旨を思い出したようで狩野窪は口に手を当てて驚いていた。
学年主席の優等生はどうやら天然な部分があるらしい。
「すみません、すっかり忘れていました……。つい楽しくて」
(楽しくて!?)
「いやいや、それくらいのめり込んだ方がこういうのは楽しいからね~。たらればを本気でやるのがこの部だし」
(だからこの部の存在意義は何なんだよ……そんなの家でやれよ……)
ごもっともな意見だが、それが通用していればこの部はそもそも存在していないだろう。
と、心の中を見透かしてくる吉良から言われてしまった。
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