ep2.殺人主義者の友達-11


「いっやぁ~よく生きてたねぇシズカくん! あんなのに会って、しかも顔まで見られたのに……。え? いやね、確かにキミを置いてったのは悪いなぁ~とかそんなことは別に思ってないんだけどさ。ゴメンゴメン! だってまさか遂にオレのところに来るなんて思ってなかったし、それに都市伝説級の噂だったから大して真に受けてなかったんだよ。え? 何がって、昨日見たでしょ? 全身黒づくめの猫面、〝殺人鬼狩りの『猫』〟。殺人鬼ばかりを狙って、あの刀で斬り殺すんだ。何人か同業が不審死扱いで消えてるな~とは思ってたけど、昨日あそこに来たってことは次のターゲットってオレなのかなぁ……やだなぁ……リーチさで届かないんだよね、刀とナイフじゃ。まぁドンパチやる気はないんだけど。あれって男か女かもわかんないし、誰も声すら聞いたこともないんだよ。怖いよねぇ、幽霊とかそういうのじゃないかとか言われてたけど、この目で見ちゃったしな~。しばらくはオレも大人しくしてないと斬捨てご免されそうだし。あ、そうそう斬捨てご免と言えばあの『辻斬り』もどこ行っちゃったんだろうね。この辺りにいた頭イっちゃってる奴がいたんだけどさ~それがもう面白い奴で! ってそういえば盛り上がって話それちゃったや。閑くんどうやって『猫』から見逃してもらえたの? 目撃者は一人残らず消す徹底した奴なのに……」



 コンビニで買った冷やし担々麺を飲み込めないまま、閑は全動作を止めていた。


 狩野窪との一件の翌日。

 昼休みに吉良から呼び出しがあった時は何なんだと思っていたが、まさかその話をされるとは……。

 というか、〝殺人鬼狩りの「猫」〟なんて呼ばれてたのか、あの女。


 狭苦しい部室内で、吉良はホイップ入りあんパンを頬張りながら首を傾げる。

 パンの反対側からホイップがこぼれ始めてるぞ。



「どうやってと言われましてもねぇ……見捨てられた人に言うのもなぁ……」

「だーかーらーゴメンって~」



 顔と言葉が一致してないぞ、随分楽しそうだな。


 しかしこうなるとちょっとややこしい状況になってきた。

 まず殺人鬼「雨男」は吉良である。そのことを知っているのは閑のみで、他は誰もいない。

 次に殺人鬼狩りの「猫」とやらは狩野窪とのことだ。それについても知っているのは閑だけで、他の目撃者は皆もうこの世にはいない……。


 そして最悪なのは、「雨男」と「猫」はお互いの正体を知らないことだ。



(……俺の口が滑った瞬間、殺し合いが始まるのか)

「ねぇねぇ~シズカく~ん、何で見逃してもらえたの~? オレにもその手口教えてくれよ~でないと呑気に人殺し楽しめないんだよ~」

「あんたは永遠に自重した方がいいと思うけどな」



 担々麺を飲み込み、付属の温泉卵を麺の上で割る。

 答えるのが面倒だなぁ……どう言おうか……と閑は麺を何度も何度も混ぜた。



「……まさかオレのこと売ってないよね?」

「売ってたら俺のこととっくに殺してんだろ?」

「あ、そっか」



 吉良はこぼれかけていたホイップもろとも口に押し込んで、ビニール袋からクレープを取り出す。

 こいつ甘いものしか食べられないのか? と少し胸焼けがした。



「えーじゃあそれ以外っていうと……金銭で黙るような奴じゃないだろうし、情報のやり取りくらいだよね~。殺人鬼ばっかり追ってる奴だから他の殺人鬼の情報とか売ったの?」

「俺は平和に生きる一般市民だ。あんたらの世界の常識を俺に当て嵌めるな」

「またまたぁ」



 何が? と閑は睨みつけたが、吉良には全く響いていない。

 彼の相手をまともにすると疲れるのはこちらばかりだ。

 だったら彼の質問に真面目に答える義理もない。

 さて、どうやってやり過ごすか……。


 辛さが薄れた担々麺をズルズルとすすりながらボーっと考えていると、背後からドアの開く音が聞こえて振り向く。

 そこには紺色の布で包まれた弁当を持っている狩野窪がいた。



「閑さんが教室にいなかったので」



 昼飯、一緒に食いたいのかよ……。と閑は眉間にシワを寄せる。

 それと同時に吉良への言い訳を思い付いた。



「どうやって逃げたか、だったよな?」

「そうそう! どうやったの?」



 不本意な言葉だが間違ってはいない。

 しかしやはりこれを自分の口から言うのはどうしても納得いかない……が、言えばこの会話は即終了だ。

 閑がテーブルに向き直ると狩野窪は当たり前のように空いている席に座り、弁当を開いた。



「友達に助けてもらった」



 狩野窪の弁当はシンプルなものだった。が、追加でお握りが二つもあるのだが……どんだけ米を食べたいんだ。



「……閑くん、友達出来たの?」

「らしい」

「……寝言は寝て言うもんだよ?」

「ほっとけ」



 途端に興味を失くした吉良は「あーあ」と露骨にため息をつき、クレープの次にはプリンを食べようと袋から出している。

 ちらと狩野窪の方へ視線を向けると、驚きも動揺も嬉しそうな素振りさえも見せずに黙々と弁当を食べ始めていた。


 そうだとも。俺に友達はいない、勝手にそう思われているだけだ。

 俺の求める日常には、血塗れの青春も友達も、必要ないのだ。





 ――2.殺人主義者の友達 了

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