ep3.秘密主義者の告白-07
その週の日曜日は至福としか言いようがなかった。
目覚ましもアラームもかけずに寝ること約半日。目が覚めると既に昼過ぎだった。
そしてリビング、各部屋どこを見ても無人。
カップ麺に湯を注ぎながらスマートフォンを確認すると、家族は皆各々の用事がある為朝の内に出たとの報告が一通届いていた。
歓喜に打ち震えながら「了解」の返事をして、三分のタイマーが鳴った瞬間にそれを止める。
TVも電気も点けずにのんびりと麺をすすり、スープを飲み干して朝型人間達の残していった食器ごと台所を片付ける。
顔を洗い、玄関や窓の施錠をチェックしてから自室にこもった。
ベッドに仰向けになり、白い天井を一心に見つめる。
少しだけ開けた窓の外から自動車の通る音や遊ぶ子供達の笑い声が聞こえてくるが、閑の部屋には自分の呼吸音と秒針の音しか響いていない。
規則正しく時を刻む秒針と、ゆったりとした速度で繰り返される呼吸。
あぁなんて時間を無駄にしているのだろう。無意味かつ有意義な時間だ。
(あぁ……幸せだ…………)
思わずため息をこぼした。こうして独りの時間を過ごせるのは随分久しぶりな気がする。
いや、普段から確かに探して無理矢理作ってはいたがそれは自分でどうにか捻出した時間だ。自由の重みが違う。
無心で天井を眺める閑はピクリとも動かず、呼吸だけをする生き物と化していた。
だが、ピンポーンと彼の平穏を脅かす敵の足音が現れる。
(…………無視)
宅配便だろうが新聞勧誘だろうが知ったことか。今この時間を誰かに妨害される訳にはいかない。
という閑の主張を許さない敵はまたピンポーンと追い打ちをかけて来た。
(……ぶっ殺す)
まさに悪人。そんな顔をして閑はのっそりとベッドから起き上がった。
閉めていた自室のドアを開き、重い足取りで玄関へと向かう。
(誰だ、俺の平穏をこんなところまでやって来て脅かそうとする奴は……)
目を据わらせ、覗き穴を覗いた。
「……?」
宅配便ならそのまま見て見ぬふりをしようと思っていたのだが、ドアの向こうに立っているのはスーツの好青年だった。
日曜日にスーツとは……お疲れ様、と同情しながらも閑はその男を眺める。
スーツの男は体を揺らしながらまだ出て来ないかなーという素振りで覗き穴を覗き返してきたが、向こうから見えることはまずない。
(早くどっか行けよ……)
何かのセールスなのか? それならうちは全てお断りだぞ。
そう舌打ちを軽く打ったところで、男が動いた。
「閑さーん、いらっしゃるんでしょー? 入っちゃいますよー?」
そう声を上げながら後ろで組んでいた手を出す。
男の右手には見覚えのある獲物が握られていた。
「……え、ちょっと待てよ。……あれ、何て言うんだっけ?」
すぐに名前が思い出せない。日常的に使うことのないものだからだ。しかし名前は知っているはずだしその用途も知っている。
何だっけ何だっけと思い出そうとする閑に、男は簡単に教えてくれた。
「仕方ないですね、じゃあ入りますよー」
どうやって?
その問いと同時に、ガンッ! とドアが打ち付けられる。
マンションのドアだからそう簡単には開かないはずだが……と閑は考えたが、男は何度も何度もドアを打ち付けた。
男の突然の行動に〝警察に通報〟なんていう簡単な行動が浮かばず、やばいと閑は後退りする。
何だこの男は? 一体何がしたいんだ?
そして打ち付ける音が止んだと思うと今度はギギギギ……と金属の鈍い音が聞こえる。
(何してんだアイツ!?)
慌てて覗き穴から見てみると男は長い獲物をてこのように曲げていた。
そしてその姿を見た瞬間、その獲物の名前を思い出す。
「あれバールじゃねえか!!!」
靴を手にリビングへ走り、鍵を開けてベランダへと出た。
靴を履いて何も考えずに下の植え込みに飛び降りる。三階から飛び降りても平気なんだなと実感した。
しかし植え込みから起き上がるとバキンッ! と大きな音が聞こえ、男が家へ侵入して来たことを報せる。
オートロックでない安いマンションは開けられちゃうのね、と血の気が引いた。
「あれー? 閑さーんどこですかー? きみが一人で留守番してるのは知ってるんですよー」
(何で知ってんだよ!?)
狙いは自分だ。
とにかく大通りにと走り、駅前の交番をまずは目指した。
(何なんだよアイツ!? 日曜のこんな時間にあんな……通報されんの怖くねーのかよ!?)
恐らく怖くないのだろう。
更に少し前の閑なら「狙われるようなことした覚えはないぞ!」と声高らかに主張できたのだが今はそうではない。
残念だが、狙われることに少なからず思い当たる節はある。
(何だ? 『雨男』の正体を知ってるせいか? それとも『猫』の正体を知ってるせい? それともあれか、『女子高生めった刺し事件』の中身を知ってるからか!? でもあれは犯人吉良なんだろ!?)
走りながら考えても答えは見つからない。
答えより先に交番を見つけた。
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