ep3.秘密主義者の告白-01


 家の外に一歩でも踏み出すと湿度の高い空気に包まれる。

 むわっとかじめっとか、様々な表現が出来る空気だがとにかく総じて言えるのは気分のいいものではない。

 毎日毎日曇り、曇天、灰色。

 雨が降ると言っておいて降らず、降らないと言われると降る。天気予報なんてそんなもんだとしずかは思っている。


 梅雨入りしてからは運動部の朝練も室内練習へ切り替わり、そうなると校舎内の空気も〝熱気〟が追加されて鬱陶しさが倍増だ。

 昇降口で上履きに履き替えているとテニス部の部員達が筋トレに励んでいた。午後に雨が降らなければきっと外練習になるんだろう。是非そうなって欲しいものだ。


 閑は1年2組の教室とは反対方向の階段を上り、ある教室を目指していた。どうしても外せない所用の為、彼らしくもなくある人物に会いに社会科準備室を目指す。



「あれー? シズカくんなんでそっちの階段~?」



 出た。

 気の抜けた声を掛けられても無視して階段をただ上る。

 シカトする閑の後ろを吉良きらはいじりもせずにのそのそとついていった。



「あぁ~……嫌だなぁ、梅雨。早く終わらないかなぁ……」

「いつものウザさはどこ行ったんですか?」

「ダメなんだよぉ……オレ。低気圧? っていうか梅雨? よくわかんないけど、この時期はどんなに頑張っても本調子が……」



 いつもどこまでもやたらとしつこいあの吉良がここまで不調になるなら、年中梅雨でもいいかもしれない。……なんてあり得もしないことを内心ぼやきながら閑はまっすぐ教室へ向かう。


 吉良が言う通り、ニュースで「梅雨入り」が報道されてから彼はめっきりこの調子だ。閑にとっては比較的平穏な日々を送れているので大いに満足である。



「身体の調子どころか髪の調子も悪くてさ~もうやんなっちゃう……」



 口をすぼめながら吉良は自分の髪を指で何度もならしているが、湿気の影響でくせ毛はいうことを聞かないらしい。

 もっとだ、梅雨よもっとこの男を苦しめてくれ。そして俺の日頃の鬱憤を晴らすんだ。

 そう強く念じながら閑は社会準備室のドアを開けた。



「おはようございま……」



 中から人の声が聞こえたのできっといるんだろうと思いドアを開けたものの、中には二人も人がいて閑は固まる。

 「世間話ゴシップ同好会」の部室に朝からいるということは部員であることに違いないが、中にいた二人はあまりにも正反対の人間だった。


 参考書を脇にノートに筆を走らせている方は、色素の薄い髪と泣きボクロの……女性生徒? だがその口から聞こえる声は女にしては低いものだ。

 反対に参考書の要所を指差してその生徒に勉強を教えていると見れる方は、派手な短髪にピアス、学校指定外の柄シャツ、オマケに目つきも悪い。どこからどう見てもヤンキーだった。

 恐らく百七十ちょっとある自分の背よりも高く、がたいもいいなと感じた。物理的に敵に回したくないタイプだ。



「あれ? またヒトキに勉強教えてんの、アサシ」



 閑の背後からひょっこりと顔を出して吉良が声を上げると部室にいた二人の生徒が顔を上げた。

 泣きボクロの方の制服が少し見えた。ズボンを穿いている……男か。



「あ、おはよう吉良。やっぱり調子悪そうだね。きみは一年生の閑君?」

「……はい」



 泣きボクロの方がにこやかに挨拶をしてくれたが閑はぶっきらぼうに返した。

 線が細く、中性的な外見……。言われなくてもルックスだけで女子にモテるタイプだと判断出来る。



「なんだあ? 一年のクセに先輩に挨拶もなしか」

「……おはようございます」

「……暗ぇー奴」



 閑の挨拶を鼻で笑ったのはヤンキーの方だ。

 人を見た目で判断してはいけないとどこかで教わった気がするが、大概の人間は第一印象のままの中身をしていると思う……。


 閑は当初の目的を果たす為、部室に入りながら早速質問を投げた。



「あの、三年の仁木ひとき先輩っていうのは……」

「あぁ僕だよ、3年3組の仁木」



 泣きボクロの温和そうな方が手を挙げて何か用なのかな? と首を傾げる。

 話が早く済みそうな方でよかった……と閑は安堵した。



「ちょっと先輩に相談したいことがありまして……」

「え? 僕に?」

「おいおい、俺に用はねーから無視すんのか? あ? 生意気な後輩だなぁおい」

(面倒だから絡みたくねーんだよヤンキー野郎……)



 流石に初対面の先輩に対して言える言葉ではない為ぐっとこらえたが、その間に吉良がふらふらっと入って仲介を始めた。



「まぁまぁアサシ、このシズカくんは仕方がないんだよ。大目に見てやって」

「あ?」

「このシズカくんは誰とも関わりたくない、部活なんて時間の無駄、青春をゴミ箱に捨てたい。そんな可哀想なぼっち属なんだ~」

「なんだお前、いじめられてんのか?」



 誰もいじめられているとは言っていないがそう見えるのだろうか? まぁいじめられてもおかしくない根暗そうな外見をキープしているのは否定しないが。


 そんな不満は口にせず閑がただ黙っていると、吉良は更に続けて今度は先輩方の紹介を始めた。



「こっちのヤンキーみたい悪人面はアサシ。オレと一年から同じクラスのいい奴!」

(……何に対していい奴なのやら)

「そんでこっちのイケメン三年生はヒトキ。去年まで部長をやっていて、オレの幼馴染兼親友~」

「幼馴染?」



 殺人鬼に幼馴染なんているのか? と思わず驚くと、紹介された仁木が追加説明をしてくれる。



「小学校三年の頃に僕が引っ越してきて、それ以来吉良とはずっと学校が一緒なんだよ。学年が一つ違うけど、一番仲も長いし……」

(因みにヒトキはオレの正体については何も知らないからね♪ そこんとこヨロシク!)



 吉良からいらん追加説明を耳打ちされて鬱陶しいと振り払い、閑は本題を切り出すことにした。



「親友ってんなら話が早いです、仁木先輩。ちょっとした相談が」

「? 僕が何か聞いてあげられるなら、何でもどうぞ」



 仁木の見た目通りの性格の良さに閑は感動しそうになったがそれはあとで噛みしめるとしよう。

 コホンと咳ばらいを一つして、吉良を指差した。



「吉良先輩が俺のことイジメてくるんです」

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