第24話 惑わしの森・2

 魔王の森――強力な幻術で守られた通称「惑わしの森」の前で、ヴァイスは考えていた。この森の幻術は、思ったよりも手強いようだ。


*

 昨今さっこんでは「幻術」の魔導術自体、ほとんど使われる機会はない。

 大昔の戦国時代には、ドラゴンや偽りの兵団の幻を敵軍に見せて怯ませたり、味方の軍を目くらましで隠して戦況を有利に進めることもあったという。戦国の時代には「戦闘向きの白魔導師」という者もいて、敵を弱体化させたり味方を強化する術に長けた白魔導師は重宝された。

 幻術および幻術破りも、そうした戦乱の時代には敵味方問わず盛んに応報されていた。しかしそれは何百年も昔の話である。


 大きな戦争もなく平和なこの時代においては、東国の白魔導師は主に「治療」を専門としている。ヴァイス自身も幻術破りの魔導術は魔導学校時代に授業で教わっただけで、実践で使ったことはなかった。


 父と兄によると、王宮の白魔導師達もこの幻術の森に挑んでみたが、森全体を覆う幻術を解くことはできなかったという。仕方なく、「幻術破り」の術を唱える白魔導師一人に対して護衛の戦士または攻撃魔導師が何人か付く、という形で幻術の森への侵入は果たした。


 しかし魔王の城を取り囲む「結界」まで辿り着いた白魔導師達は、その結界のあまりの強さに恐れをなしてしまったという。

 先ほども言ったように、結界の解除に失敗すれば術者自身が相応のダメージを受ける。この森を覆う幻術よりもさらに強力な結界。解除に失敗すれば、魔導師の命何人分かは軽く消滅してしまうだろう。

 そのため少しでも戦力を集めようと、国外からも強力な白魔導師を招集していたのだ。


*

「うーん、この方法しかなさそうですね……」


 森の外で、ヴァイスは改めて幻術の森突破の作戦を練った。


 やり方は父と兄が先に試みたのと同じ、少数精鋭での突破の方法を採用する。

 まず、ヴァイスが白魔導で幻術から味方を保護する。ヴァイスを中心にして、前方に父ゴルト、右側に兄ブラウ、左側にノエルが立ち、左右と前方の障害物を広範囲に魔導術で倒しながら進む。その後ろから、カッツェ、レイア、カノアが続き、万一後ろから攻撃された場合に備える。


 「惑わしの森」に掛けられた術は強力すぎて、ヴァイスが一度に保護できるのは十人ほど、かつ直接ヴァイスの声が届く範囲が限界だった。

 従って、ヴァイス・ノエル・カッツェ・レイア・カノアの五人と父ゴルト・兄ブラウの計七人だけで、まずは森を抜けることになった。それ以外の兵士は森の外で待機する。まずは結界の元に辿り着き、結界を確かめてみるのが目的だった。


*

 森に入ってすぐ、父ゴルトと兄ブラウが強力な魔導術を打ち出した。


『炎の精霊よ 焼き払え!』

『風の精霊よ ぎ払え!』


 かなり省略された呪文スペルにも関わらず、前方の植物の罠が広範囲に渡って木っ端微塵に吹き飛んだ。


「すごっ……さすがヴァイスのお兄さんとお父さん」


 ノエルが同じ魔導師として、その圧倒的な魔力に目を丸くした。

 父と兄は、攻撃や放出の魔導術に特化した攻撃系の魔導師である。その実力は、たった二人だけでも敵国の小中部隊を余裕で看破できると噂されていた。

 ヴァイスも魔力量自体は父や兄と同じくらいのものを持っているはずなのだが、魔力の制御コントロールや維持の方を得意としていて、瞬発的な放出や攻撃には向いていない。術師の得意不得意分野は、生まれ持った本人の性質と最初に契約した精霊の性格で決まると言われている。


「はは、王都を守るために日々訓練しているからな」


 兄ブラウは、ノエルの言葉に謙遜でも自慢でもなく陽気に笑って見せた。

 控えめな性格のヴァイスと違ってこの兄は快活で、正反対の性格をしている。どちらかというと派手に敵を吹き飛ばすのが好きらしかった。カッツェと気が合うのも頷ける。魔導術についても、その性格が如実に表れていると言えた。


「よし、僕も……」

『雷の精霊よ 打ちはらえ!』


 好奇心旺盛なノエルは、さっそく二人と同じような呪文スペルの省略形に挑戦してみていた。

 バキバキバキっ!という音とともに、先ほどの二人の攻撃に引けを取らない強さで左前方の植物が焼け焦げた。ドワーフにもらった魔導杖も、手に良く馴染んできたようだ。


「いや驚いた。人族でこれほど強い魔導師は見たことが無い。ノエル君、ぜひうちの魔導師団に入らないかね。君なら飛び級で少尉にはなれるだろう。年齢と経験を考えれば、実力的には中尉以上だ」


 父ゴルトがノエルの実力を見て舌を巻いている。

 エルフ族のほとんどが生まれつき高い魔力を持っているのに対し、人族は魔力の才能にかなり個人差がある。王宮直属の魔導師でも、大佐や中尉クラスになるとそのほとんどがエルフ族で占められていた。人族として見ると、ノエルの魔導術の才能はやはり飛び抜けているのだ。


「……父上、急にそんなことを言っては失礼ですよ」


 呪文の合間を縫って、ヴィアスは短く口を挟んだ。

 父はノエルの才能を褒めて言っていることだとは思うが、まだ年端もいかない少年を魔導師団で働かせるなど可哀想だ。もちろんノエルのことをひがんでいるわけではない。


「いやすまん、今のは冗談だ。しかしぜひ前向きに検討してほしい」


 父ゴルトはしかし熱心にスカウトしていた。厳格な父がここまで気に入るとはよほどのことだ、と父の性格を知るヴァイスは一人思う。


*

「……着いたな」


 一番前を歩いていた父ゴルトが、城に近付いたという合図を出した。

 精鋭中の精鋭となった一行は、特に犠牲を出すこともなく、幻術の森を無事に通り抜けることに成功したのだ。


 見上げるとそこには、灰色にくすむ巨大な石造りの城と、何者をも通さない強力な結界があった――。



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◆冒険図鑑 No.24: 戦闘系の白魔導師

 現在の定義では白魔導師は「治癒」や「回復」を専門に行うが、かつては「戦闘系の白魔導師」も存在した。

 戦闘時の白魔導師の役割は、身体強化等による味方の補助サポート、魔導障壁による防御、幻術による敵の攪乱など多岐に渡る。戦況を見極め、状況を瞬時に判断して広範囲に渡るサポートを行う必要があるため、参謀や守備の要として機能する。

 ヴァイスは元々、どちらかというと「戦闘系の白魔導師」に向いた能力の持ち主である。時代が時代ならば、軍隊の中で別の形で活躍していたかも知れない。

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