第15話 小人族<ドワーフ>・2


「……それでは、本当にこのジャングルを突っ切って王都まで行こうとしているのか? 何とも無謀なことを考えたものじゃ」


 ドワーフの長老が白髭を撫でつつ呆れたようにため息をついた。

 ドワーフ族はみな老人のような背格好をしているが、この長老は特に立派な白髪と長い眉毛、白い顎髭を蓄えていてドワーフの中でも一番の年長者であるように見えた。


「私もここまで大変だとは思っていませんでした。急ぐ事情がありまして……」


 長老に言われた言葉に、ヴァイスは思わず肩を落とした。


 他の四人をこの危険な旅路に巻き込んでしまったのは、他ならぬ自分自身だ――。そのことを考えてヴァイスは四人に申し訳なく思っていた。

 ヴァイスの故郷、東の王都に向かう旅。それに付き合わせてしまったせいで、カノアやレイアが怪物カボチャに襲われてしまったり、洞窟で巨大なスライムと戦うはめになってしまったのだ。


 ジャングルの中では馬などの移動手段も使えない。当然徒歩での移動になるから、襲い掛かる脅威を振り切ることもできずなかなか歩みが進んでいなかった。ヴァイスが想像した以上にこの旅は困難を極めていた。


 ……とはいえ、ヴァイス一人ではこの旅を続けられないことも事実だ。ジャングルを一人で抜けることは不可能だし、西大陸を経由して王都まで移動していたのでは時間が掛かりすぎる。ここまで来た以上、多少強引でも突き抜けるしかなかった。


*

「まぁ、直線距離だとここが一番早いんじゃがな。今時はジャングルを突っ切ろうとする者など、密猟者くらいしかおらんわ」


 ずずっと濃いお茶をすすりながら、ドワーフの長老が語る。


 ここジャングルは、東大陸諸国の協定によって数百年前から開拓が禁止されていた。

 かつてヒト族がジャングルを開拓しようとしたとき、森の精霊の力が弱まり世界樹が枯れかけてしまった。怒った森の民――エルフ族やドワーフ族、獣人族と人族とが争い、森はさらに荒れた。

 数年に渡って繰り返された闘争の結果、何の益も生み出さないということに両者が気付き、ついに協定が結ばれ森は保護されることになった。


 それ以来、森はエルフ族、ドワーフ族、獣人達が守り、ヒト族が立ち入ることは滅多にないのだ。従って「武器を持った人族がジャングルにいる」というだけで密猟者と疑われてしまうのもやむを得ないのだった。


「……はい。我々も森や森の生き物を傷つけないよう、なるべく早くこの森を立ち去りたいと思っています」


 真面目な態度を崩さずに受け答えを続けるヴァイス。それを見て、ドワーフの長老は少し心を許してくれたようだ。


「……ふむ、密猟者でないことはわかった。そして、ここまで無事に歩いて来れたということは、なかなかの手練てだれと見える。どうじゃろう、旅のお方。ここでいく晩か宿を提供する代わりに、わしらの頼みを聞いてはくれぬか」

「頼み、とは……?」


 どうやら獣人の村に続き、ここドワーフの町でも困り事があるようだ。


*

 ドワーフの長老が白い髭を撫でながら話す。


「この鉱山に、いつの間にか 土竜アース・ドラゴン が住み着いてしまったのじゃ。そやつを退治してほしい。奴はどこにでも穴を開け、縦横無尽に這いまわる。直接ワシらを襲うことはないのじゃが、貴重な鉱石を喰ってしまうのでワシらもほとほと困っておるのじゃ」

「なるほど、大地に棲まうアース・ドラゴンですか……」


 顔を見合わせた五人は、誰ともなしに頷いた。

 困っているドワーフを助けて宿も提供してもらえるということであれば、断る理由が特に見当たらない。

 この森を無事に抜けるためには、彼ら森の民の協力が必要不可欠なのだ。彼らに力を貸して、ヴァイス達は森を抜けるための安全な道順を教えてもらう。これはギブアンドテイクの案件だ。


「……やってみます」


 毅然とした態度でヴァイスはそう答えた。

 五人はさっそく、アース・ドラゴン退治の準備に取り掛かり始めたのだった。



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◆登場人物紹介 No.4: レイア(双刀使い)

 ダークエルフの女戦士。年齢は20歳前後。二本の忍び刀で戦う。

 褐色の肌と、一括りにした銀色の長髪・琥珀色の瞳が特徴。桃色の戦装束と鎖帷子を身に着けている。


 普段は無口で感情をあまり表に出さないが、根は優しい性格。第一部「巨人の谷」の一件以降、土の魔導術も使えるようになった。

 幼いころは盗賊に育てられていたため、音もなく敵に忍び寄る暗殺術を得意としている。西大陸〈暗き森〉の出身。

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