魔王の手紙/とある少年魔導師の異世界冒険譚Ⅱ

邑弥 澪

手紙と旅立ち

第1話 青い鳥と手紙

 始まりは、一通の手紙だった。


 パタパタパタっという羽音に続き、コンコンコンと窓を叩く小さな音。その音のした方に目をやると、窓の外で鮮やかな青色の鳩がしきりにくちばしで窓を叩いていた。見る角度によって微妙に色合いが変わるその青色は、小窓を見つめる長身のエルフ――ヴァイスの藍色の髪にもどこか良く似ていた。


(あれは――魔法の伝書鳩?)


 不自然なほどに鮮やかな翼をもつその鳩は、一目で自然界に存在する生物ではないと見て取れた。この鳩は魔導術で創られただ。その足元には小さな物体が括り付けられている。金属製の細い筒――伝書鳩が運ぶ手紙の筒だ。


 ヴァイスが立ち上がって小窓を開ける。少し錆のついた小さな窓は、ギギギ、と軋んだ音を立てて外側に向かって開いた。パラパラと、降り積もっていた埃が舞い落ちる。

 青い鳩は羽根を拡げて飛び上がると、すうっと静かに滑空して彼の前に降り立った。くるくる……と鳴きながら、黒い硝子ビーズのような瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。早く手紙を受け取ってくれと言わんばかりだ。


「ヴァイスに手紙? 珍しいね」


 ちょうど隣にいた小柄な魔導師の少年――ノエルが興味津々で覗き込んできた。「誰からの手紙?」なんて少年は首を傾げているが、手紙の送り主の見当はおおかた付いていた。

 ここから遠く離れた〈東の王都〉に住む父と兄。二年前にヴァイスが実家を出てから、度々こうして手紙のやりとりをしてきた。


 魔法の伝書鳩は、通常の伝書鳩と違って宛先人の居場所がわからなくても手紙を送り届けることができる。ただし、配達する飛距離に比例して相応な魔力量が必要となる。〈東の王都〉と言えば、海を渡って大陸を超えた遥か遠くの都だ。そこからこの鳩を飛ばして来たのだと言うのだから――毎度のことながら、父と兄の膨大な魔力量には舌を巻かざる得ない。


*

「いま、開けてみますね」


 そう言いながら、鳩の足元にくくりつけられた手紙を外す。と、真っ青なその伝書鳩はひときわ強く輝いてから、ふっとその姿を消してしまった。魔法の伝書鳩というものは、受取人に手紙を渡すとその役目を終えて消えてしまうのだ。


「なんだなんだ、恋文ラブレターか?」

「……残念ながら、違うと思いますよ」


 横から茶化してくるのは、赤銅色の鎧を身に付けた武骨な戦士――カッツェだ。ヴァイス達は今、カッツェの生まれ故郷〈南方諸島〉の村に滞在している。


 ヴァイスとノエルがカッツェとともに〈北の村〉を旅立ったのは、もう二月ふたつきも前のこと。南の海域に現れた巨大な魔物の巣窟〈竜の巣〉を消滅させ、南の地を救うという偉業を成し遂げた彼らは、ここで束の間の休息を取っていた。


(何だか嫌な予感がしますね――)


 恋文――実家から送られた手紙が、まさかそんな甘酸っぱい内容のものだとは思ってもいないが。それにも増してヴァイスのとしてのが、嫌な予兆を捉えてしきりに騒ぎ立てていた。


 父や兄はもともと筆まめなタイプではない。いつもはヴァイスが寄越す便りに簡単な返事をくれる程度。そんな彼らが、遥か遠く離れた地にわざわざ手紙を届ける理由――何か緊急の事態なのだ。


 小さく折りたたまれた手紙を開けるのに少々手こずったが、ようやく開いた。

 その手紙の内容を読んで、ヴァイスはさっと顔色を変えた。


「……どうやら、私はしばらく故郷に戻らなければならないようです」

「えっ、どうして急に?」

「なんて書いてあったんだ?」


 訳がわからないといった様子のノエルとカッツェが困惑している。手紙には、こう記されていた。


*

 ――ヴァイス、久しぶりだ。元気にしているか?

 急にこんな手紙を送ってすまない。

 実はいま〈東の王都〉で大変な事態が起きている。

 〈伝説の魔王〉が蘇り、国王と王都が危機に晒されているのだ。

 今の王都には、白魔導師であるお前の力が必要だ。

 どうか王都に戻って来てはくれまいか。

 良い返事を待っている。

 ―――父ゴルト・兄ブラウより


*

「〈東の王都〉で大変なことが起こってる……って書いてあるね」

「東の王都っていうのは、ヴァイスの故郷だったな」

「えぇ……そうです」

「ヴァイスのお兄さんとお父さんって、たしか東の王都で国王様に仕えてるって言ってたよね? 王宮……魔導……なんとか?」

「王宮直属の宮廷魔導師団、というものです。父が大佐、兄が中尉を務めています」

「なにっ、すごい役職じゃないか」


 傭兵として軍に所属していたこともあるカッツェが、ヴァイスの話を聞いて驚いている。兵士で構成された軍とは少々趣が異なるが、確かに〈東の王都〉の中でも有数の実力を持つ魔導師しか就けない父と兄の職は、あらゆる魔導師の憧れの的だった。


 だが――と、ヴァイスは眉をひそめる。その父と兄がわざわざヴァイスに助けを求めるような手紙を送ってきたということは、それこそ異常な事態と言える。


「ねぇ、〈伝説の魔王〉ってどんなヤツ?」

「――魔王は、東の王都に古くから伝わる邪悪な存在です。200年ほど前に王都の民を大量に殺害し、恐怖のどん底に陥れたと言われています」

「そんなに悪いヤツなの?!」

「えぇ……ですが伝説では、当時の勇者によって封印されたはずなのです」

「じゃあ、その封印が解けて、魔王がまた甦ったってこと……?」


 恐る恐るノエルが尋ねた。ヴァイスもまた思わず考え込んでいた。伝説の魔王――。遥か昔に封印されたはずのその存在がなぜまた蘇ったのか。


 ヴァイス達がつい数週間ほど前に南の地の魔物を倒し、〈竜の巣〉を消滅させたばかりだと言うのに。今度は全く別の地で別の脅威が生まれている。……自分達がしてきたことと、何か関係があるのだろうか。あるいはただの偶然なのだろうか?


「詳しいことは王都に帰ってみなければわかりませんが、なんだかとても嫌な予感がするのです……」

「じゃあみんなも呼んで、どうするか考えよう! ヴァイスだけ行かせるなんてできないよ」


 ノエルがさっそく、別部屋で休んでいたレイアとカノアを呼んできた。女子二人と男性陣三人は、基本的に別々に部屋をとっている。と言っても隣同士の二部屋ではあるが。


「ヴァイスが東の王都に向かうなら、僕達も行くよ!」

「しかし、私の個人的な事情に皆さんを巻き込む訳には……」

「次の行き先もまだ決めてなかったし、皆で東の王都に向かおうよ! ……僕、ヴァイスのお兄さんやお父さんにも会ってみたいな!」

「うむ。〈竜の巣〉の一件では、俺がお前たちに助けてもらったしな」

「東の大陸には、美味しいお魚がたくさん泳いでいる大きな川があるって聞いたニャン♪ 行ってみたいニャン♪」

「私も、どこへ向かおうと構わないぞ」


 四人は口々にヴァイスとともに行くと言って譲らない。

 同じ魔導師としての憧れなのか、ヴァイスの兄と父に興味を引かれた様子のノエル。今度は自分が恩返しする番だと意気込むカッツェ。カノアは獣人猫族ケットシーとしての血が騒ぐのか、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら大漁のお魚を期待して喜んでいる。ダークエルフのレイアは、カノアと一緒ならばたとえ地の果てでも付いて行く決意のようだ。


「皆さん……ありがとうございます」


 四人の反応に、ヴァイスは感動しながら感謝の言葉を述べた。四人とも敢えて口には出さないが、まるで自分のことのようにヴァイスの問題を手伝おうとしてくれている。その事実に、改めてこの四人の盟友ともの暖かさを感じていた。


「よしっ。そうと決まれば、さっそく出発! 目指すは、東の王都!」


 ノエルがびしっと得意げに東の方向を指さした。

 こうして、今度は〈東の王都〉に向けた五人の長い旅が始まったのだった。



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◆冒険図鑑 No.1: 東の王都

 東大陸の北部に位置する巨大な都市。古くから続く王朝制をとっている。

 ヴァイスの出身地であり、彼の父・母・兄は現在も王都で暮らしている。ヴァイスは2年前に東の王都を出て〈北の村〉に移住した。

 王都周辺は他の都市に比べてかなり文明が発達しており、重火器や機関車なども利用されている。

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