第2話 飛空艇に乗って

 ヴァイスの故郷〈東の王都〉から届いた手紙を読み、さっそく王都へ向かうことを決めた一行だったが――。


*

「問題は、どうやって東の王都まで行くかだな」

「北の村からなら、もう少し近かったんだけどね……」


 カッツェが唸り、ノエルも困ったように呟いた。

 ヴァイスの出身地である〈東の王都〉は、海を渡った遥か彼方〈東大陸〉の北部にある。東大陸と五人が今いる〈西大陸〉とは、緩やかな逆U字型を描いて南の海を囲んでいる。


 両大陸が最も接近しているのは大陸の北側で、北の海峡であれば船で数日もあれば渡ることができる。従って両大陸の行き来は大陸北部の地域が一番盛んだった。ヴァイスが約2年前に東大陸の〈東の王都〉から西大陸の〈北の村〉に渡航したときも、この北部の運行ルートを使ったのだ。


 しかし、今の五人は西大陸の南側〈南方諸島〉にいる。

 再び西大陸を北上してから東大陸に渡るのでは、時間がかかりすぎる。逆に船で東大陸に渡ってから北上するのもまた、かなりの期間が必要だった。東大陸の中央部には危険な未開の地が拡がっていると言われている。どちらのルートを選んでも困難な道のりであることは変わりなかった。


「しかたがない、あの手を使うか……!」

「カッツェ、どこ行くの?」


 しばらく考えた末に、ついに何かを決断した様子でカッツェが席を立った。ノエルの問いかけに、無言でニヤリと笑って親指を立てるカッツェ。宿を出ると、町のどこかへと消えて行った――。


*

 翌日。


「うわ、これが飛空艇? 僕初めて見たよ!」

「俺も、乗るのは初めてだ」


 巨大な楕円形の乗り物を見上げながら、ノエルとカッツェが感嘆の声を上げた。

 飛空艇――それは中型の船の上に巨大な横長の気球がくっついたような形をしていた。海上船でいう帆の代わりに、気球がついているような形態だ。気球と同じように船体内の空気を暖めて浮上するが、風と大気と炎の魔法の力も使われているようだ。


「何と言っても、一般庶民が乗れる代物しろものじゃないからな」


 カッツェが溜息混じりに呟く。彼は「奥の手」と称して、南方諸島の国王にこの飛空艇の乗船許可を取り付けに行ったのだった。


 〈竜の巣〉および南の地の魔物を消滅させて帰還した一行は、南方諸島の国王から国賓として迎えられた。魔物討伐にあたっては何の援助もしてくれなかったのだが、魔物を退治したとなると一転、手のひらを返して王族がこぞって褒美を提案し始めた。どうやら「ぜひ、我が国の手柄ということにしてくれ」という思惑だったようだ。


 それらの褒美や報奨金を五人は一度は丁重に断っていた。が、今回この飛空艇の乗船権利を手に入れるために、かつての申し出を有り難く使うことにしたのだった。


 本来なら、飛空艇に乗ることができるのはごく限られた超富裕層だけだ。今回の国王の免状がなければ、金貨が何枚あっても足りなかったことだろう。だが飛空艇を使えば、船旅よりもずっと早く東大陸に到着することができる。――もっともそこからはやはり徒歩で東大陸を北上しなければいけないが。


「カッツェの国の国王様に、感謝しなければいけませんね」

「構わん。あいつら王族はただの見栄っ張りだからな。『英雄様が乗った飛空艇』というはくが付けば、向こうにとっても願ったり叶ったりなんじゃないか?」


 ヴァイスが改めて礼を言うと、カッツェはガハハと豪快に笑いながら飛空艇の船体を叩いた。

 カッツェはすっかり「英雄」という称号にも慣れて来たようだ。もしかすると「見栄っ張り」という性格は、南国の民であるカッツェにも当てはまることなのかもしれない。が、ヴァイスはカッツェの豪快な性格も嫌いではないので何も言わずに黙っておいた。


「さっ、早く乗ろうよ! 空の上ってどんな感じかな! 楽しみだな♪」

「ニャっ♪」

「あっこら、あまりはしゃぐと危ないぞ」


 ノエルとカノアが、待ち切れないといった様子で早速船に乗り込み始めた。あとを追うカッツェも、いそいそとしながら飛空艇に乗り込んでいった。


*

「……これが、空の上か」

「うわ、高いっ! もう雲の上まで来ちゃった」


 レイアとノエルが、窓から外を眺めながら驚きの声を上げた。

 遥か下の方に南方諸国の島々が豆粒のように小さく見える。あれほど高く大きく見えていた〈バベルの塔〉すら、今ではヴァイス達の眼下に鎮座していた。

 彼方に見える霞は西大陸と東大陸だろうか。飛空艇の硝子窓の外には、白磁はくじの雲と紺碧こんぺきの海、それに勿忘草わすれなぐさ色の空だけが拡がっていた。


「ニャニャ……」


 あまりの高度に怖れをなしたのか、カノアはカッツェの足元にしがみ付いている。


「お前は巨人の谷で大鳥ガルーアに乗って空飛んでただろ。高いところは得意だったんじゃないのか?」

「……ニャッ! そうだったニャ♪」


 カッツェに言われて気付いたカノアは、急に怖さを克服した様子でぴょんぴょんと窓の近くに跳ねて行った。巨人の谷で乗ったガルーアの背中の上に比べれば、飛空艇の中はよほど安全だ。


「さて。ここから東の大陸まで、飛空艇で三日ってところだな」

「はい、途中で〈浮島うきしま〉というところに停まるようですね」


 カッツェとヴァイスは飛行計画を見つめながら真面目な表情で話し合っていた。

 浮島――それは南方諸国の島々と東の大陸のちょうど中間あたりに位置する、文字通り『浮遊する島』だった。


 理由はわからないが、浮島の地殻には「空石そらいし」と呼ばれる不思議な石が多く含まれ、その石の力でいくつもの大きな岩の塊が雲と雲の間に浮いている。島の住人は岩と岩とを橋で繋ぎ、街を形成した。現在では、主に各国の富裕層が余暇のために訪れる高級リゾート地として成り立っていた。


「どんなところだろう、楽しみだな!」


 ノエルはさっそく今の状況を楽しんでいるようだ。この少年は、いつでもどこでも状況を前向きに捉える素直さと純真さを持っている。

 「この世界にはもっとたくさんの面白いことがたくさんある――」カッツェに向かってそう言った自分の言葉を、今まさに実感しているようだった。


 五人を乗せた飛空艇は、晴れた空の上を快調に飛行していった――。



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◆冒険図鑑 No.2: 飛空艇ひくうてい

 風の力と魔導術を動力源として飛ぶ空の船。船の動力源には、魔力を含有する「魔石」が使われている。飛空艇の燃料となる魔石は貴重なため、その乗船料は決して安くはなく、一部の裕福層しか利用することはできない。

 飛空艇が開発された場所は遠く離れた〈東の王都〉だが、主に南方諸国・浮島・東大陸南部を結ぶために利用されている。

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