第28話 魔王の城

 王都の白魔導師が何人がかでも解けなかった魔王の城の結界を、ついにヴァイスは解いたのだった。

 結界が解除されると同時に、背後に拡がる森の幻術も解けたようだ。


 ヴァイスは協力してくれた父と兄に、結界の主に言われた内容を伝えた――つまり、「王都の者」は城の中には入れないと。それはすなわち、父ゴルトと兄ブラウは城の中には同行できないということだ。

 ヴァイスも「王の名を受けて王都から派遣された魔導師」ではあるのだが、結界の主との対話を望み唯一結界を解除させた当事者として、城の主は立ち入りを許したようだ


 「王都の者を除く」とわざわざ指定したということは、ノエルやカッツエら他の四人は、おそらく中立な立場の者として城内に入っても良いはずだ。魔王がそれだけ「王都」の者にこだわる理由は不明だが、並々ならぬ因縁を感じずにいられない。


「……わかった、お前を信じる。私達はこのまま外で待機しているから、何かあればすぐに魔導弾で知らせてくれ」


 父ゴルトは息子の肩を力強く叩き、その背中を見送った。


*

 結界が解けても、魔王の城はどことなく不気味な雰囲気を漂わせていた。広い城にも関わらず、中からは人の気配が全くしない。ヴァイスはノエル・カッツェ・レイア・カノアとともに、恐る恐る城の内部に足を踏み入れた。


「ヴァイスはどうやってあの結界を解いたの?」

「えぇと……結界の主と会話しました」

「なにそれ、すごいね」


 どうやら、ノエル達にはあの結界内の思考会話は聴こえていなかったようだ。ヴァイスは少しほっとして、それ以上のことは濁しておいた。実際には結界の中で根競べをしただけなのだが……。


 あのあと父と兄から魔力を供給してもらい、先ほどまでの頭痛と魔力は既に回復していた。「他人に魔力を直接供給する」というイレギュラーなやり方に、父と兄はそんなことができるのかと驚いていた。


*

 魔王の城の内部は、ひんやりとして冷たかった。

 湿った石の匂い、少しかび臭いような匂い、苔の匂い、埃の匂い……そんな匂いが入り混じっているが、しんと静まり返った城内には物音一つしない。これまで強大な魔導障壁に守られていた城は、二百年――あるいはもっと前から時が止まってしまったかのような、物悲しい雰囲気を漂わせていた。


 一行は城の入り口から真っすぐに進み、正面の広間に差し掛かかった。

 古い真鍮しんちゅうの観音開き扉を開けた先には、王宮の大広間に勝るとも劣らない広さの空間があった。壁や天井の模様は色褪せてしまっているが、昔は白や金の上品な絵画が描かれていたことが伺える。壁や天井にかかるシャンデリアには灰色の蜘蛛の巣がかかっていて、長い年月の経過を感じさせた。


 一行が広間の奥にある階段を目指そうと足を進めたとき、異変は起きた。


 ごごごごごご、という低い地鳴りのような音とともに、霧散していた魔王の魔力が集まり始める。

 紫色の霧がどこからか湧き上がって広間の中央に集まり、淡く発光を始めた。ノエルとヴァイスが持つ魔導杖にめ込まれた魔石も、その強い魔力に反応するかのように紫色の光を放ち始めた。


「来たな……」


 カッツェが呟き、全員が息を呑んで武器を構え直す。


*

 やがて集まった紫の霧は徐々にその密度と濃さを増し、どす黒い影を形造り始めた。

 巨大な鷲の翼と上半身に、ライオンの下半身……伝説上の怪物・鷲獅子グリフィンだ。その体の大きさは、ゆうに人の四倍ほどもある。


「グオォオオオオオ!!」


 完全に実体化したグリフィンが一声鳴き、どすんと音を立てて広間に降りた。その振動で壁が震え、シャンデリアがガチャガチャと嫌な音を立てる。


「こいつが魔王の手先か?!」


 構えるカッツェの頭上で、グリフィンが右脚と翼を勢いよく真横に薙ぎ払って突風を起こした。

 グリフィンにとってはほんの挨拶程度であろう一撃で、五人の頭上に強烈な旋風が巻き起こる。身を屈めてかわすと、五人も隊形を展開させて臨戦態勢に入った。どうやらこの城の主は、戦いによる対話を望んでいるらしい。


「望むところだ!!」


 はじめからその覚悟でいたカッツェが、戦士の血を煮えたぎらせて応戦の構えを見せた。ヴァイスは魔導障壁を展開し、全員の守備力を上げる。ノエルも魔導術発動の準備を始めた。レイアは前方に、カノアは後方に移動し、油断なく敵を見つめている。


 巨大なグリフィンとの闘いが、幕を開けた――!



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◆冒険図鑑 No.28: 魔導弾

 「魔導弾」は、空に向かって閃光や煙、音を打ち上げるための魔導術で、味方に助けを求める緊急時等に用いられる。

 光魔導や炎、雷、氷の魔導術を用いて「光」を発生させたり(氷魔導の場合は、上空に氷を作り出して光を反射させる)、土魔導や風魔導で「煙と音」を発生させるなど、方法はいくつかある。あるいはそれらを組み合わせて使う。

 初歩的な魔導術のみで実行できるので、東の王都の魔導師は救命講習で必ず習う。

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