第10話 宝石 -洞窟の戦い-・2
「ギュゥウウウウウ!!」
洞窟で遭遇した巨大なスライム。それはヴァイス達に気付くとぐるりとこちらに向き直った。……と言っても、この魔物には目も口もないのでどこが顔なのかはわからない。ただ体を
スライム状の魔物は通常、海辺や沼地などの湿った場所に現れることが多い。そのほどんどは人間の足裏程度の大きさで、半透明の弱々しい生き物だ。岩や生物に取り付いてナメクジのように少しずつ浸食するが、動きが遅く知能も無いので脅威とはならない。
しかしこの魔物は、長身のヴァイスでも見上げるほどの身の丈を持っていた。これほど大型のスライムは見たことがない。体の色も半透明ではなく濁っている。その体から立ち上る瘴気の量は異常なほど多い。――明らかに通常のスライム種とは違う。その存在感に、ぞくりと背筋が粟立つのを感じた。
*
「行くぞっ!」
カッツェが武器を構え、その斧に炎を纏わせた。
素早く魔物を切りつけると、ぶしゅっぶしゅっと鈍い音を立てて魔物の体に切れ込みが入る。魔物の体の一部が肉片のように飛び散ったが、本体は音も無くぷよぷよと膨らむばかりで、ほとんどダメージを受けていない様子だ。
レイアが二本の刀で魔物の一部を切断した。びちゃっと音がして白いドロドロとした塊が壁に付着する。が、やはり魔物はすぐに元通りになり、どこが切断面かもわからなくなった。
スライム状のモンスターは、中央にある
『我が契約せし炎の精霊よ 赤き炎で 敵を燃やせ! 〈
ノエルが魔導術で炎の弾丸を打ち出す。
スライムというのはその体のほとんどが水分でできているので、炎で燃やし尽くすのが最善の策だ。しかし、狭い洞窟内では激しく炎を燃焼させると酸欠になってしまう恐れがある。ノエルは慎重に、威力と範囲を抑えて攻撃しなければならなかった。
どんっという音とともに、魔物のど真ん中に炎の弾丸が撃ち込まれた。
肉の焼けるような音とともに、魔物の中心部に焼け焦げた穴が開く。が、魔物はまだうごうごと蠢き続けている。今の魔導攻撃でもコアを破壊しきれなかったようだ。
と、それまで不規則な動きをしていた魔物が突然跳躍した。魔物は真っ直ぐヴァイス達のいる場所に飛びかかってきた。通常のスライムでは考えられないほどの素早さ。不意を突かれて、ヴァイス達の回避が遅れた。
(しまっ――!)
「危ねぇっ!」
ヴァイスが反応するよりも早く、最前列にいたノエルをカッツェが突き飛ばした。咄嗟にノエルを庇ったのだ。
だが逆にカッツェが魔物の押しつぶしをまともに受けて下敷きになってしまった。
「……うわ、
カッツェに
魔物と密着しているこの状況ではうかつに攻撃もできない。だがこのままではカッツェが骨まで溶かされてしまう――。そう思った時、
「ニャッ!!」
カノアが黒い秘薬を魔物に投げつけた。
じゅううと音がして、魔物の薬のかかった箇所が蒸発していく。水と反応して水分を蒸発させる薬のようだ。ナメクジ除けやスライム駆除として使う薬の強化版だろう。だがその薬も、魔物の表面を少し溶かしただけでほとんど効果がなかった。
「ニャ……薬が効かニャい……」
水棲の魔物や軟体モンスターに良く効くはずの薬が全く効いていないことに、カノアが驚愕した。やはりこの魔物は通常のスライムとは異なる。一筋縄ではいかなそうだ。
*
ヴァイスは光の精霊の加護を唱え、カッツェにかけた身体強化を強めた。これで体の浸食は防げるが、いつまでもその効果が持つわけではない。
「……こんのぉ!」
四人がもたついている間に、カッツェがなんとか右手だけを引き抜いて自由にした。
そのまま、どすっと音を立てて魔物の体に斧を突き立て、呪文を唱え始めた。
『炎の精霊よ 我が身を纏え 赤き炎で 敵を散らせ!』
カッツェが呪文を唱えると同時に、その身体と斧が深紅に染まり始めた。
「カッツェ! だめだよ!」
彼の意図を理解したノエルが叫ぶ。
ヴァイスにもその意味がわかった。カッツェは武器に炎を纏わせる呪文で自分の体ごと炎で纏い、ゼロ距離から敵を攻撃しようとしているのだ。表面に傷をつけられないのならば、内側から燃やす――それは一か八かの賭けだった。
「……離れてろ!」
カッツェが怒号を放ち、その手にありったけの力を込めた。
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◆冒険図鑑 No.10: ジュエリー・スライム
通常のスライム種が突然変異を起こしたと思われる個体。魔鉱石を餌としたことで大量の魔力を帯び、その体は乳白色に輝いている。
体の表面に傷をつけてもすぐに回復してしまい、ダメージを与えられない。倒すには内部の
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