第11話 宝石 -洞窟の戦い-・3
――どぉおおおおん!!!
爆音とともに、魔物の体が飛散した。べちゃっべちゃっと、壁や天井に乳白色のスライムの残骸がへばり付く。ヴァイス達の体にも飛び散ったスライムの破片が降りかかった。
「……やったか?」
土煙の向こうで、カッツェが咳き込みながら呟いた。ヴァイスが掛けていた身体強化の効果で、あの捨て身の攻撃でも彼のダメージはなんとか最小限に抑えられていたようだ。しかしその服は魔物に溶かされて破れ、皮膚も所々赤くなっている。顔や手足にもスライムの残骸が付着していた。
しん、と静まり返った洞窟に、一瞬魔物を退治したかと思った……その時。
*
「うわっ、なんか動いてる!」
ノエルが悲鳴を上げた。
ヴァイスも、自らの体の上で蠢く気味の悪い感触に気付いた。なんと体に付着したスライムが動き出したのだ。あの巨大な魔物は大きな
「……っ!」
「ニャニャッ!」
レイアとカノアは体に登り上がってくるスライムを必死に叩いて落とそうとしている。小さくなったスライム一つ一つの力は弱く、皮膚を溶かされるほどではない。しかし肌に触れるその感触はまるで冷たい
「くっ……くすぐったいし、なんか気持ち悪い!」
ノエルがスライムを引きはがそうとしながら悪寒に身を震わせている。飛び散ったスライム達は徐々に集まり、仲間とくっ付いて再び融合し始めていた。大きさを増すたび、その動きも活発になっていく。このままではまた巨大化して皮膚を溶かし始めるのも、時間の問題だ。
「い、痛っ……うわ待て、そこはやめろーー!!」
カッツェがお腹の下あたりを抑えて悶絶し始めた。装備と装備の隙間から服の中にまで侵入されたようだ。
ヴァイスとノエルはそれを見て若干蒼ざめる。カッツェの身に何が起こっているのかは想像できた。きっと男にしかわらかない痛みだ。
「ノエル様、このままではマズイです」
「わかってるっ! けど、どうしよう!」
ヴァイスの言葉に、ノエルも焦りを見せる。この敵には物理攻撃が効かない以上、魔導術で倒すしかない。しかしノエルにはどの攻撃魔導を使えば良いのかがわからなかった。敵が味方の体を覆っている以上、直接攻撃すれば味方を傷つけてしまう。
*
「……っ、私がやってみます」
一か八か、ヴァイスは呪文を唱え始めた。
『我が契約せし光と雷の精霊よ 清き稲妻で 我が身を覆う敵を打て!』
バチバチッとヴァイスの体から電流が
電流の衝撃で体から一瞬スライムが浮き上がり、黒焦げになってぼとっぼとっと足元に落ちた。そのまましゅうう、音を立てて黒い砂のように細かく溶けていく。どうやら自分の体を使った実験は成功したようだ。
「……やった! ヴァイス、凄い!」
「みなさん、私の体に触れてください。そのまま呪文を発動します!」
ヴァイスが急いで言葉を掛けると、全員が苦労してヴァイスに近づきその体に触れた。もう一度、ヴァイスが呪文を唱える。
バチバチッ!という激しい音とともに、ノエル達の体にも電流が走った。ヴァイスの時と同じように、じゅうっと何かが焼ける音がして、スライムが砂のように細かくなって消えていく。
*
「うう、助かった……」
ほっとしたのも束の間。先ほど壁や地面に張り付いたまま生き残っていたスライム達が、再び集結して合体しようとしていた。ただしその体は最初に見たときよりもだいぶ小さくなっている。焼け焦げて砂になったスライムは再生できないのだ。
「ノエル様、敵は雷に弱いようです。雷で燃やしてください!」
「わかった!」
ノエルがすぐさま呪文の詠唱を始めた。
『我が契約せし雷の精霊よ 怒りの閃光で 敵を打て! 〈
バリバリッ!とノエルの手から水平に発せられた稲妻が魔物に当たり、その体を包み込む。
「ギュウアアアアアアア!!!」
悶え苦しみ、のたうち回る魔物。が、ノエルは容赦せずに魔力を込める。雷の光が一層強くなり、辺りを明るく照らし出した。
ついにバチン!と激しい音がして魔物が黒こげになった。じゅううと物が焦げる音とともに、魔物の姿が真っ黒な砂となって崩れ落ちる。
砂の山の中に、虹色の大きな宝石が一つ、ころんと転がっていた。
*
カッツェが立ち上がり、冷や汗を拭った。
「ふぅ……。一時はどうなることかと思ったぜ」
「カッツェ、さっきの魔導術凄かったね。オリジナルでしょ!」
「……ん? あぁ、ただの思い付きだが。お前らの術をいつも見ていたら、なんとなくできそうな気がしたんだ」
本来は魔導術を苦手としていたはずの戦士カッツェの機転に、ノエルが感心している。
カッツェ唱えた炎の呪文。あれはヴァイスとノエルが以前に教えた「武器を炎で覆う術」だった。それを応用して、武器だけでなく自分の全身ごと炎で覆ってしまったのだ。
あの技を使うには危険があった。一歩間違えればカッツェ自身の体が丸焦げになってしまう。だがどうやらヴァイスの掛けていた身体強化のお陰で無事に済んだようだ。
全く、何という無茶をしてくれるのか。カッツェの意外な応用力に関心しつつも、相変わらずヴァイスの心配の種は絶えない。
「ヴァイスも。白魔導と雷魔導を融合させるなんて、初めて見たよ」
「カッツェにできたのなら、私も……と思いまして。一か八か試してみました」
ヴァイスが使ったのは、白魔導による身体強化と雷の攻撃魔導術を同時に発動するものだった。カッツェの放った魔導術の使い方を見て、即興で組み合わせてみたのだ。
魔導術の初心者であるカッツェに技のアイディアを教えられるというのも、少し
炎の精霊としか契約していないカッツェと違い、ヴァイスは炎・水・土・風・雷・光・闇、全ての属性の精霊を扱える。
今まで異なる属性の魔導術を組み合わせてみたことはなかった――どころか、味方に攻撃系の術を打ち込んだ経験もないが、なんとかうまくいったようだ。
*
「……ところで、これは何ニャ?」
「カノア、危険だぞ」
三人のやりとりを聞きながら、カノアが落ちていた虹色の宝石をつんつんとつついている。レイアもカノアを心配しつつ、後ろから一緒に覗き込んでいた。
「魔物の本体かな……? でも、これ自体には悪い氣は感じられないね」
ヴァイスとノエルも近づいて調べてみるが、特に異常は感じられなかった。ごく普通の宝石のように見える。
先ほどまで洞窟に充満していた瘴気も、今はかき消えていた。
「とりあえず、持って帰ってみましょうか」
ヴァイスたち五人はそう結論を出し、魔物退治の報告に獣人の村へと戻ることにしたのだった。
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◆登場人物紹介 No.1: ヴァイス(白魔導師)
ホワイトエルフの白魔導師。第二部「魔王の手紙」の主人公。
耳元で切り揃えられた藍色の髪と薄紫色の瞳、
年齢は20代後半。性格は真面目で几帳面だが基本的には温和な性格。
エルフ族の一般的な特徴として、よく知らないものや初対面の人に対する警戒心が高い。
〈東の王都〉出身で、実家には父・兄・母が暮らしている。
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